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本編

幕間一 ありふれたとある男爵令息の肖像

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 プラット男爵家に生まれた第三子、ダンは、とても頭の良い子供だった。
 けれど長子が跡を継ぐ王国において、どれだけ賢かろうと第三子であるダンが家督を継ぐ可能性は万に一つもないに等しかった。
 王国の法律が、父が、長子である兄が、憎いという事は決してなかった。家督の相続とはそういうものなのだし、そういうものならば仕方がないと理解して受け入れていた。

 しかし、それはあくまで実家の家督を継ぐ事は出来ない、という事でしかなかった。この世の中には自身の立身出世によって爵位を新たに授けられる可能性もあるし、後継者がいない他家と養子縁組を組んだり、またはどこかの嫡女の婿になって家長になる、という手もあるのだから。

 ダンは勉学が出来るだけでなく、商才もあり、また野心家でもあった。実家の家督を継ぐ事は出来ないが、なんとしても自身の爵位を得る。その目標の為に必要な才能は持っていた。

 そんな折にダンが伝え聞いたのが社交界の輝く宝石にして騎士団の勇猛なる薔薇、オリヴィア・ブラック伯爵令嬢の入婿探しの話だった。

 家格は実家の男爵家よりも遥かに上の伯爵位だし、子供は長子であるオリヴィアのみ。調べたところ領地も栄え、人格者と名高い伯爵閣下に後ろめたい噂も一切聞かないときた。良い事ずくめである。渡りに船とはこの事かと、ダンはあらゆるツテ、手段を用いてオリヴィアとの食事の席を設け、自身を売り込みそして、見事高嶺の花の代名詞、オリヴィア・ブラック伯爵令嬢の婚約者に収まったのであった。

 ブラック伯爵とも関係は良好、知り合ってからオリヴィアの知られざるオンオフの差の激しさに多少の戸惑いはあったし、お互い打算有りの婚約で恋人と呼べる間柄ではなかったがパートナーとして悪い印象は持っていなかった。ダンの人生は着実に彼の思い描く人生設計の通りに華々しく駆け上がっていった。

 そんな順調な彼の人生において、重要な転換点となったのはある公爵令嬢との出会いだった。
 出掛けた先で偶然出会い、雷に打たれたような衝撃を受けた──人生で初の、一目惚れだった。
 オリヴィアとはまた違った系統の美しい顔、華奢な肩、蠱惑的な瑞々しい唇。会話をすれば頭の回転も早く高位貴族の令嬢らしく少々の棘も持つ可憐な赤薔薇。

 その棘を持った赤薔薇が、ダンの類稀なる商才と野心に目をつけた事で、なんて事のないお遊びの投石でしかなかった若い男女2人の密かな逢瀬が次第に大きな波紋を作り出し凪いでいた水面を荒々しく波立たせる。

 ダンもダンで、ブラック伯爵家の将来の娘婿という肩書きで持て囃された事により生来持っていた謙虚さがなりを潜めていき野心ばかりがどんどん大きくなり欲が出た。伯爵よりも、公爵の方がもっともっと素晴らしい!高嶺の花と言われたブラック伯爵令嬢を射止められるのならば、公爵令嬢さえ自分のものに出来る!どうせ手に入れるなら、より良い家、女がいい、と。

 その後の流れは至って単純。刺々しい赤薔薇に囁かれるがまま、赤薔薇の望むままに元婚約者を捨て、この騒動の責任が伯爵令嬢側にあるとほうぼうに嘯いた。微かな痛みを伴う薔薇の蔓に巻き付かれているのも気づかぬまま。



 淀みなく動いていた歯車に小さな軋みが生まれる。彼がそれに気づく事はなく、物語は石が転がるように結末に向けて進んでいく。
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