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第四章

第四十七話 一難去ってまた一難

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 「…っぶいっ!…っくちゅっぶ!…ぶぶっ!」

 「……オルネラ?何やってるの?」

 「……ぶぃぃ~っ!」

 お行儀が悪いことはオルネラも重々承知しているが、ソファーから転がり落ちたままトコトコと部屋の窓際まで歩いていくと短い手足を精一杯に動かしてえっちらおっちらと窓枠によじ登る。
 たったそれだけの行動でぜぇぜぇと息を切らせながらもなんとか目当ての物、美しい薔薇が生けられた花瓶へとガバッ!と顔を突っ込ませた。
 そのまま暫く深く呼吸を繰り返していると、途端にオルネラの鼻にムズムズムズッとした不快感が走る。

 「っぶいっしゅ!…っぶ!ぶいい~っ!!」

 「オルネラっ!?ちょ、どうしたんだ!?そんなことをしたら大変なことに…!」

 ぎょっとしたヴィクターが慌てて駆け寄り小さな子豚の体を思い切り抱き上げ花瓶から、薔薇から遠ざける。が、時すでに遅くオルネラは小さな鼻からたらりと鼻水を垂らし、くしゃみも止まらず涙さえつぶらな瞳から零している。

 「えっ!?どっ、どうしたんですか一体!?」

 眠るビアンカをじっと見つめていたジェームズも、突然のオルネラの奇行に驚いて椅子から腰を浮かす。
 いまだにぶいぶいとくしゃみなのか鳴き声なのかいまいち分からない声を出し続けるオルネラの鼻先に懐から取り出したハンカチを当てながら、ヴィクターはジェームズへの説明もほどほどにソファーで寝こけているチャーリーを叩き起こす。

 「実はオルネラは酷い花粉アレルギーなんだ!アマリリス!起きろアマリリス!!」

 「えっ!?」

 「…ふがっ!…?殿下?」

 「オルネラの聖水を取りに部屋へ行く!!お前は一応ここでビアンカ嬢達を見ていてくれ!すぐに戻る!」

 「あ?あー…分かった」

 バタバタと部屋を出て行くヴィクターと、彼の腕の中で酷いことになっているオルネラを確認したチャーリーは頭を掻いて2人を見送ると、頭にハテナを浮かべるジェームズに心配ないことを伝え今度は寝ないようにとソファーに座り直し、すっかり冷めてしまったお茶を一口飲んで顔をしかめた。



♦︎



 「オルネラ?もう大丈夫かい?」

 「ぶぅぅ~…」

 くしゃみの止まらないオルネラを抱えて部屋へと駆け込んだヴィクターは、慣れた手つきでオルネラの聖水を丸い盆へと取り出しパシャパシャとその水を優しくオルネラの顔へ掛けてやる。
 1度、2度、と幾度か繰り返して子豚の小さな体からくしゃみの反動による揺れがなくなったのを確認すると、ヴィクターは今度は柔らかいタオルで優しく子豚の顔周りを拭いてやる。

 「突然どうしたんだい?花に顔を突っ込んだらこうなるって分かっていただろう?」

 「……ぶ」

 「オルネラ?」

 すっかりくしゃみの治った子豚はしかし、ヴィクターの声にも反応せずにぺしょりと座り込んで俯いている。
 もしかしてどこか具合でも悪いのかとヴィクターが心配に眉を寄せた時、空気から溶け出すように現れたヴィクターの精霊がふさふさとした鬣で慰めるように子豚の体に自身の頭を擦り付けた。

 『…おい、ヴィクター』

 「なんだ?やっぱりどこかまだ怪我でも──」

 『どうしてオルネラこいつはまだ子豚の姿をしている?』

 「!」

 自身の精霊の言わんとしていることに気づいてヴィクターは目を見開く。

 『くしゃみが変身の条件じゃなかったのか?』

 「……ぶ、ぶ、…ぶぃぃ~っ!!!」

 ヴィクターの精霊の鬣の中に隠れるようにしてオルネラは泣き声をあげる。
 自身の精霊の指摘に、先程のオルネラの突然の奇行の理由に思い当たったヴィクターは顎に手を当てて考え込む。

 「そ、そうだ…!さっきまでは嵐の精霊が不安定になっていることで、オルネラの変身も不安定になっていると仮定していたけれど、今はどうなってるんだ!?」

 『単純にくしゃみが条件じゃなくなったのか、そもそもくしゃみが条件だという結論が間違っていたのか、はたまたまだ嵐の精霊が不安定だということなのか…少なくとも今はくしゃみで変身出来ないってのは確実みたいだな』

 「そうだな…とりあえず今は念の為に聖水を持って一度アマリリス達の所へ戻ろう。…オルネラ」

 「…ぶぅ」

 ヴィクターは考えを追いやるように一度頭を振ると、精霊の鬣の中にうずまったオルネラへ手を伸ばす。くしゃみとは別に涙で潤んだ瞳を向けてひくっと小さく鼻を鳴らす子豚の頭を撫でてから、ヴィクターは丁寧にその体を抱き上げてやる。

 「大丈夫。また最初みたいにどうしたら人間の姿に戻れるのか一緒に考えよう」

 「…ぶぃぃ、ぶぅ」

 来た時と違い、腕に抱くオルネラへ振動が伝わらないように気をつけてゆっくりと歩きながらヴィクターは安心させるように穏やかに話しかけ続ける。
 窓の外はいまだ星が輝き、夜明けはまだ遠い。
 ビアンカの目覚めを待つ夜が、とてもとても長く感じられた。
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