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第四章

第四十六話 嵐のあとに残るもの

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 「ジェームズ!」

 「ビアンカ嬢!?」

 「おい、嵐の精霊はどうした!?」

 ビアンカを腕に抱えるジェームズの元へ、ヴィクターとチャーリーが駆け寄る。
 周囲をいくら探そうと、あれほど猛り狂っていた嵐の精霊の姿も気配もない。

 「殿下!?これは一体どういう…」

 「…とりあえず今はビアンカ嬢だ。すぐに医師に診せよう」

 「ぶぃっ…」

 ふと、ヴィクターはチャーリーの腕の中でぶいぶいと鳴いているオルネラへ視線を投げる。
 チャーリーの、オルネラの周りをくるくると飛ぶそよ風の精霊。それは相変わらず微かな癒しの力を起こす風に乗せて緊迫した空気とは関係なく長い尾を靡かせている。

 「(まさか、な…)」

 「…ぶっ?(殿下?)」

 ヴィクターの視線に気づいたオルネラがまた小さく鳴いた時、にわかに廊下がバタバタと騒がしくなる。ようやく、騎士団が駆けつけてきたらしい。
 部屋に雪崩れ込んで来た騎士達にヴィクターが何事か告げると騎士達はそれぞれが迅速に動き出す。
 医師を呼ぶ者、伝令へと走る者、オルネラ達も促されるままに部屋から出て行く。
 けれど、ジェームズは屈強な騎士の1人がどれだけ説得しようとも、腕の中のビアンカを他の誰かに任せることはなく自身の腕にしっかりとその体を抱いたままだった。



♦︎



 貴賓室のベッドに横たわり正常に呼吸を繰り返すビアンカを、ベッド横に設えた1人掛け用のソファーに腰掛けたジェームズはじっと見つめる。

 「ジェームズ、お前も怪我をしているんだ。無理せずにお前も休むべきだろう」

 「…いいえ、叔父上。僕は、ビアンカが目覚めるまでここに居ます」

 「全く、その無謀さは誰に似たんだか」

 ベッドから少し離れた位置にあるソファーに座っているヴィクターがため息混じりにジェームズへ声をかける。
 ジェームズも、ヴィクターもチャーリーも既に医師による手当てを受けているが、中でもジェームズの怪我の具合が1番酷く医師からは横になって休んでいるようにと言い渡されたもののジェームズはビアンカの傍から離れないとの一点張りで遂に医師が折れたのだった。

 「…叔父上、ビアンカは…もう大丈夫なのですよね」

 「ああ。何が原因かはまだ不明だが…ビアンカが嵐の精霊のコントロールを取り戻したとみていいだろう」

 「また突然…一体なんでなんですかねぇ」

 重苦しい空気のヴィクター、ジェームズとは対照的にチャーリーはお茶を飲みながら不思議だ、と口に出す。

 「…あの時、ビアンカ嬢の意識は完全に覚醒していた。何かきっかけがあったのは間違いないと思うが…考えられるのは、オルネラのそよ風の精霊…」

 「お嬢の?」

 「ああ。オルネラの精霊も、直前に暴走を起こしている。普段の癒しの力の他に、何か別の力が働いていたのかも知れない」

 ヴィクターの見解にチャーリーは頭にハテナを浮かべながら「へえ~そうなんすね~」と全く分かっていない返答を返しヴィクターにため息を吐かせる。
 そしてそれを黙って聞いていたジェームズはぽつりとビアンカから目は逸らさないままに言葉をこぼす。

 「…叔父上。精霊とは、一体なんなのでしょうか」

 「というと?」

 「僕は今まで、精霊とは自分の持つ力なのだと思っていました。強さや効果はそれぞれでも、精霊は自分の意思で使える道具のような…。けれど、今回のことで考えを改めました。精霊かれらには意思がありそれは時に主人に牙を剥く。…恐ろしい何かなのではないかと」

 「ジェームズ」

 「!」

 ヴィクターの低くなった声に、ジェームズはハッと顔を上げる。足元には、いつの間にか現れていたジェームズの精霊が不安そうにその額をジェームズの足に押し付けて小さく喉を鳴らしていた。

 「これはオルネラにも言ったことだけど…俺もそれを知りたいから、精霊かれらを知りたいから勉強して調べているんだよ」

 黒豹の優しげな瞳を見つめて、ジェームズはぐっと眉間に皺を寄せる。

 「確かに今回の騒動1つとっても、精霊は時に恐ろしくその強大な力で人に牙を剥くだろう。けれど、それは彼らの1側面でしかないと俺は思う。例えばお前の精霊は夜の闇の中に人を引き込んで閉じ込めてしまうことも出来るだろう。けれど、それだけかい?静かな夜の闇の揺り籠でお前は心穏やかに眠りについたことは?1人きりでどうしようもない夜に、寄り添ってくれるのは?」

 「…っ!」

 「まぁ、今はとにかく、ビアンカ嬢の目が覚めるのを待とう。彼女の嵐の精霊のコントロール権が完全なら、今度こそ何が彼女達に起こったのか調べられそうだ」

 「はい…叔父上」

 ヴィクターは1度立ち上がり肩を震わせる自身の甥の後ろ姿に毛布を掛けてやると、再びチャーリーの居るソファーへと戻り「これは長い夜になりそうだな」と思いながらお茶に口をつける。
 既に夢の世界に旅立っているチャーリーの寝息が聞こえてくる中で、小さな小さな鳴き声がした。

 「…ぶいぃ…ぶえっ!?(…ところで私、子豚のままなんですけどーっ!?)」

 ころり。
 小さな子豚が寝こけているチャーリーの膝の上から転がりべしゃっ!と床に落ちた。
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