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第四章

第四十四話 夢が覚める時間がきたのよと朝日がささやく

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 雷鳴が轟く。
 全てを飲み込み、彼方へ連れ去る暴風をまとい、グルグルとご機嫌な獣の唸り声が耳をうつ。

 『…ふはは、これでだ…もうこれで二度と、二度と俺とビアンカが離れる事はない…!』

 「なんだと…!?ビアンカをどうしたんだ!!彼女を返せ!!」

 『五月蝿いっ!!!』

 暴風が吹き荒れまるでオルネラ達は身動き一つ出来ず、ただ渦巻く風に吹き飛ばされないように足を踏ん張っている事しか出来なかった。

 「…き、き、きゃああああ!!!」

 「しまった、オルネラ…っ!」

 筋肉のついた鍛えられた男性陣に比べ、体重も軽くただの令嬢であるオルネラの体は暴風に耐えられずに体ごと持っていかれる。
 オルネラの限界に気づいたヴィクターが手を伸ばすも、自身も飛ばされないようにする事に精一杯のヴィクターは反応が遅れオルネラの伸ばされた手を掠めてしまう。

 「きゃあ…っ、あ?」

 「ふうっ、あぶねえ」

 「チャーリー!」

 ヴィクターの背後から荊棘が伸びる。それはオルネラの腰に巻きつくと伸びた時よりも速く伸縮しオルネラの体をヴィクターの元まで運ぶ。

 「いっ!いたたたた!?」

 「悪い!棘刺さっただろうけど後でなんとかしてくれ!」

 「だ、大丈夫です…」

 荊棘が完全にオルネラの腰から離れると、ヴィクターは自身の腕をオルネラの腰に巻きつけぴったりと体を合わせる。

 「で、殿下。こりゃ一体どうなってんだ!?ビアンカ嬢は!?なんで急に嵐の精霊が大復活してんだ!?」

 びゅうびゅうと五月蝿い風の音に負けないようにチャーリーは警戒は解かないままに大声で話し掛ける。

 「嵐の精霊はさっきの一瞬でビアンカ嬢を取り込んだんだ…!まずいぞ、恐らく、ビアンカ嬢にかけた仮死状態は解けてる…!」

 「はああ!?食べたってか!?」

 「え!?」

 「違う!してるんだ!普段俺達が無意識で精霊を現したり戻したりしているように、嵐の精霊が主となってビアンカ嬢が嵐の精霊に取り込まれている!」

 「お、叔父上!そんな事が可能なのですか!?」

 「っ、考えうる、最悪の展開だ!!」

 「でっ、でっ、殿下っ!前前前!!!」

 「っ!?」

 オルネラの悲鳴にヴィクターが一瞬ジェームズに答える為に逸らしていた目を前に向けると、すぐ目前にまで迫り来る嵐の精霊の牙。
 ヴィクターが避けられないと覚悟してオルネラの頭をきつく抱き込む。と、前ではなく横からの衝撃をヴィクターを襲う。ヴィクターを庇う為に頭突きをして飛ばしたヴィクターの精霊が耳をつんざく様な咆哮を上げて壁まで吹き飛び叩きつけられる。

 「きゃああ!殿下の精霊が…!!」

 「くそっ!っぐ、つつ…」

 ヴィクターへの直接なダメージは無かったが、精霊を介して若干の痛みがヴィクターに走る。
 それでもここで気を失うわけにはいかないとヴィクターはオルネラに肩を刈借りながらもなんとか耐える。

 「殿下!!くそっ!!」

 『グルルルゥゥ…ァァァアアアアアア!!!』

 嵐の精霊の勝ち誇ったかの様な雄叫びが上がる。痛みと身を引き裂かれる様な暴風で身動きが取れないオルネラ達を愉悦で細めた目で見つめて、そして嵐の精霊はジェームズを視界に捉える。

 『…第一王子!貴様とあの憎たらしいハリエットおんなは絶対に許さん!!この爪直々に切り裂いてくれる!!!』

 「うっ、!!?」

 ぐっと脚に力を込めた嵐の精霊が次の一瞬でジェームズの喉笛目前まで飛び掛かる。
 次のまばたきの前には切り裂かれる──誰もが息をのみ、けれど何か出来ないかと歯を食いしばった時にその場違いな音はまた起こった。

 ──ぽんっ!

 「っぷううううう!?」

 最早くしゃみの法則など無いオルネラの体が子豚の姿に変わる。当然、人間の時よりも遥かに軽い体はヴィクターの腕をすり抜け暴風に巻かれるがまま簡単に宙に攫われる。

 「ぶい───!!!(いやああああ!!!)」

 子豚の体は渦巻く暴風に絡みとられ嵐の中心へと一瞬で引き寄せられる。
 嵐の中心、すなわち顎門あぎとを大きく開けた嵐の狼の目の前へ。

 「オルネラ!!!」

 「お嬢!!!」

 「ホワイトローズ!!!」

 三者三様に目を見開き驚愕に叫ぶ。その声を耳に入れながらしかしオルネラ自身は成す術もなくひゅっと息を飲む。
 目の前には暗い闇。その中でいやに白く浮かび上がる鋭い牙が今にもオルネラの小さい体を飲み込もうと迫り──

 ──ピーイ!──イイイイ!!

 オルネラのそよ風の精霊がオルネラを護る様に、小さな体のどこにそんな力があるのかと思うほど力強く羽ばたき飛び回る。
 長い尾を暴風の中でも優雅にたなびかせて、喉が引き千切れそうなほどに鳴き、ぽきりと折れてしまいそうな小さな翼をうつ。

 『……っ、!?』

 嵐の精霊の瞳が驚愕に見開かれる。
 暴風を巻き起こし宙を駆けていた逞しい脚は油を注されていないブリキの様にギシリと動きを止め、絞り出す様にして唸り声を発する。

 『…!ぐっ!う、ぅぅううう…!!』

 ──ピィィィィ…ピ──イィィ…

 「ぶう!ぶうう!?」

 「な、何が起こってるんだ…!?」

 苦しそうに悶え始めた嵐の精霊の姿が空気に溶ける様に一瞬ブレる。
 輪郭がボヤけ、暴風が嵐の精霊自身を絡め取る様に中心に向かって吹き荒れる。

 「───」

 「ぶっ!?」

 何か小さい音を子豚の耳が拾う。そしてそれは次第に音量を上げ、ヴィクター達の耳にも届く。

 「──て」

 「なんだ!?」

 「──めて」

 『グルルアアアアアアア!!!』

 嵐の精霊の大咆哮が轟く。

 「おねがい、嵐の精霊わたしをとめて!」

 暴風がふっと掻き消えた時、嵐の精霊にその身を取り込まれた筈のビアンカの声が部屋一杯に響き渡った。
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