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第一章

第三話 ありふれた事件のはじまり2

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 国王陛下の隣で優雅に尾羽を広げた孔雀がふわりとその美しい羽根を揺らす。
 どこかぽかぽかと温かい空気が流れると、ソファーも絨毯も何もかも酷い水浸しだった室内から水気が消え、同じく髪の先から下着までずぶ濡れだった人々もまるで頭から水をかぶった事実など初めからなかったように室内に入った時と変わらぬ姿に戻る。
 国王陛下の精霊はそれは美しい太陽の精霊だと国中の人々に知られるところであり、その力の恩恵を享受する事は人々の羨望を集める事だろうが、まさか口論がヒートアップした末に水を大量にぶっ掛けられたから、などとは恥ずかしくて決して誰にも口外出来ないと室内に居る誰もが押し黙った。

 「さて…どうやら少し冷静さを欠いてしまったらしい。失礼した、ホワイトローズ辺境伯。話を再開しても?」

 「勿論です。こちらこそ、可愛い娘の一大事ゆえ、少々無礼な振る舞いをしてしまった事をお詫びしたい」

 お詫びしたい、とは言いつつもオルネラの父親の膝の上には今だ姿を保ったままの猫が鎮座している。
 おほん、と一度咳払いをした後、国王陛下がオルネラへ声をかけてみる。

 「ホワイトローズ辺境伯令嬢、先程の息子の話からすると君はビアンカ嬢、ハリエット嬢との諍いには全く関係がないようだが…何故そんな姿に?」

 「ぶひぶひっ、ぶひっ!」

 「「「………」」」

 可愛らしい子豚の口からこぼれるのは、これまた可愛らしい子豚の鳴き声。
 誰も口を開かず、しかし憐れみに眉を寄せて小さな子豚を見つめる。

 「…どうやら辺境伯令嬢は人の言葉を話せないようだな…誰か辺境伯令嬢がこのような姿に変わった経緯いきさつを話せる者は?」

 深い深いため息をついて、国王陛下はぐるりと一同を見渡す。すると先程からあまり主張をしていなかった女性が顔色を酷くさせている事に気付き声を掛ける。

 「君は…確かマーガレット子爵のご令嬢だったかな?」

 びくりと肩を大きく揺らしたマーガレット子爵令嬢がか細い声ではいと答える。

 「何があったのか聞いても?」

 「あ、あの、私…私…っ!」

 「そうだ、ブローチ。ブローチだ!彼女が、ハリエットがビアンカのブローチを盗んだと騒いで、そこに辺境伯令嬢がやって来たんだ!」

 がたがたと震えるばかりで要領を得ないマーガレット子爵令嬢に代わり、第一王子が当時の状況を説明する。
 そこにビアンカ、ハリエットも加わり誰が悪い悪くないと少々脱線しながらも始めから終わりまでを告げる。
 一連の流れを纏めると、どうやらマーガレット子爵令嬢とビアンカが組んでハリエットにブローチ泥棒の汚名を着せようとしたらしい。
 あらかじめビアンカからブローチを預かったマーガレット子爵令嬢が、夜会の最中にハリエットがビアンカのブローチを盗むのを見た!と主張し、ハリエットのハンドバックの中身を確認すると見せかけてその際にブローチを仕込む手筈だった、と。

 「そういえば辺境伯令嬢は、ブローチを拾ったと言っていたな。君はブローチを落とした事にも気付いていなかったようだが、なんともお粗末な計画じゃないか?それに、そんな卑怯な手を使ってまでハリエットの名誉を貶めようとしていたとは…ビアンカ、僕は君を心底軽蔑する」

 「本当…酷いですぅ、ビアンカ様…!」

 「そんな、殿下…!確かに私は少々策を弄しましたわ!でも、それはハリエット嬢も同じ事!私もアカデミーで似たような事をされましたの!」

 またも激しい口論が勃発しそうな空気に、国王陛下が手を上げて制する。

 「もうよい!第一王子、ビアンカ嬢、ハリエット嬢3人の問題については後日別の場を設ける!今は辺境伯令嬢だ!」

 「…あの、父上。もう一つご報告したい事が…」

 ちらりと、第一王子がビアンカを一瞥してからぎゅっと拳を握る。

 「辺境伯令嬢がこのような姿になってしまう前、ビアンカの精霊が暴走していたように見えました」

 「なっ、私のせいだと仰るのですか!?確かにブローチの件は認めますが、誓って私は辺境伯令嬢へ手出しをしておりませんわ!」

 「ふん、どうかな。実際はハリエットを子豚に変えようとして失敗したんじゃないのか?」

 「そんな…っ!」

 「もうよいと言っている!!」

 「「!」」

 頭痛を堪えるように眉間を抑えた国王陛下が声を張り上げる。
 その姿に流石に我に返ったのか、第一王子もビアンカも口をつぐみ国王陛下の言葉を待つ。

 「辺境伯と辺境伯令嬢、それにビアンカ嬢、公爵夫妻はこのまま残ってくれ。他の者は退出してよい。後日場を整えたら連絡を寄越すから、それまで大人しくしているように」

 渋々といったように立ち上がった第一王子達が部屋を出、扉がぱたりと閉じるのを確認した国王陛下がビアンカへ声をかける。

 「ビアンカ嬢…私は君を幼い頃から知っている。勿論君のご両親もね。君が愛情深い優しい子だとは分かっているが、状況が状況だ。君の精霊を呼んでくれ、君の精霊は話が出来たね?」

 「陛下…!」と声を上げた両親を制し、ビアンカが毅然とした態度で何事かを呟く。すると、部屋の中央、皆が囲むローテーブルの上に大きな灰色の狼が姿を現す。
 ぐるるるる…と低い唸り声をあげる様に、無意識に子豚の小さな体が震え上がる。

 『…俺になんの用だ』

 「単刀直入に聞こう。辺境伯令嬢がこんな姿になってしまったのは、貴方の力によるものかい?」

 ふっと、灰色の狼は一国の王を見てニヒルに笑う。

 『俺のビアンカの計画をそこの小娘は邪魔しやがったんだ、いい気味じゃあねえか』

 「え…え?本当に貴方が…?そ、そんな、そんなの私知らない…!」

 灰色の狼の返答に、ビアンカが誰よりも顔を青褪めさせる。そんなビアンカを一瞥もせずに灰色の狼を大咆哮をあげる。

 『呪われろ!呪われるがいい!邪魔する奴ぁ、全員俺の暴風で食い散らかしてやるっ!!』

 ばんっ!!と閉められていた筈の部屋の窓が開け放たれ、室内にごうごうと嵐のような暴力的な風が吹き荒れる。
 子供達はおろか、大人でさえ立っていられない程の風にその場に居た全員が目をつむり、もう一度目を開けた時には灰色の狼も風も全てが消え去っていた。

 「そんな…一体どういう事ですの…?あの子が私に黙って…?お願い、お願いですわ!もう一度きちんと説明して下さいませ!ねえっ!!」

 叫ぶようなビアンカの声に、灰色の狼が応える事はなく。
 騒ぎを聞きつけた王宮の衛兵、騎士達が次々と室内へ駆けつける。
 腕の中で可哀想にすっかり目を回してしまっている子豚を心配げに見つめて、辺境伯は乱れた髪もそのままに国王陛下へ近寄る。

 「へ、陛下、娘はこれからどうすれば…」

 「…恐らく、だろう。詳しい事は私も…。これはを頼る他あるまい」

 「あやつ、とは?」

 「…ヴィクター・フランネル。私の1番下の弟だ。普段は研究棟から滅多に出て来んが…事が事だ。すぐに呼ぼう」

 「お、王弟殿下、ですか?」

 暴風で荒れきった室内。
 大勢の人々の喧騒にも目を覚まさず、父親の腕の中でそのときオルネラは元の姿で自身の精霊と空を飛ぶ夢を見ていた。

 
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