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第11章 サザンカの長い一日
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爽やかな風の吹く気持ちの良い朝。
預かり処では、皆がリビングに揃って朝ごはんを食べている。
そんな束の間の穏やかな一時に、ラーハルトはパンを口に運びかけて止まっていた。
「ダンジョンの出現、ですか?」
「ええ。村の外れで、どうやら新しいダンジョンが出現したそうなの」
「ギルドから師匠に何か連絡がきたんですか?」
「ええ、まあ」
──ダンジョンとは、時に金銀財宝が眠り、時に危険な魔物が跋扈する、超自然的な力で満ち満ちた未知の領域のことである。
ダンジョンの最奥に生息する魔物の親玉──ダンジョンボスを討伐すれば、そのダンジョンは自然に消滅するという仕組みもさることながら、その誕生の仕組みも未だ解明されておらず。
どんな魔物が生息しているのか、どのくらいの危険度なのかを調べ、必要とあらばダンジョンボスを討伐することは、冒険者にとっての義務ともいえる。
そんなダンジョンが、預かり処のあるこののほほんとした田舎の村の近くに出現したという。
「……ん!? それじゃあ、こんなのんびんりと朝ごはん食べてる場合じゃなくないですか!?」
いつもと変わらずに朝ごはんを咀嚼しているツバキの様子に、はあ、と気の抜けた返事を返したラーハルトだったが、朝ごはんと共に状況を飲み込むとぎょっと目をむく。
「えっ、えっ、村の近くに新ダンジョンが出現って、一大事じゃないですか! どっ、どどど、どうすれば……っ!?」
「落ち着け」
「むぐっ!?」
パニックを起こしかけているラーハルトを見かねて、ツバキはむんずと掴んだ毛玉猫をラーハルトの顔面に押し付ける。
『みゃあ~ん?』
「……」
『みゃお~ぉ』
「…………すううううう……っはああああ」
「少しは落ち着いた?」
「はい」
毛玉猫を吸って落ち着きを取り戻したラーハルトは、毛玉猫を膝に下ろして座り直す。
「で、ギルドから新ダンジョン探索の依頼がね、村を拠点にしている冒険者に対して強制で出ているから。朝ごはん食べ終わったら行くわよ」
「はっ!? 今日これからですか!?」
「アンコ」
『みゃみゃあ~んっ』
「っすううううはああああ!」
再び毛玉猫のアンコに顔面を押し付けて深呼吸をしているラーハルトを置いて、ツバキはサザンカへ声をかける。
「そういうわけで、今日はラーハルトとシシー連れて新ダンジョンに行くから、サザンカは留守をお願い」
『俺はいいけどよ。お前は一人で行くのか?』
「ミノ太郎を連れて行くわ。……実は既に出発した先遣隊によると、恐らく小規模のダンジョンで、生息している魔物もダンジョンボスも中級以下だろうってことだから、ラーハルトとシシーの訓練も兼ねてね」
『ふうん。そうなのか』
「うん。今日の夜には帰ってくると思うから、それまで従魔達のことお願いね」
『おう。ま、俺は今日一日、縁側でのんびりさせてもらうわ』
♦︎
ツバキに対して余裕の表情を返していたサザンカだったが、ツバキ達が新ダンジョン探索へ向かってから一時間も経たずに疲労困憊していた。
『みゃあ~っ!』
『みゃみゃみゃみゃっ!』
『みゃあああああああっ!!』
『……お、お前らっ、少し落ち着いていられねえのか!?』
アンコ、キナコ、そしてヨモギ。
元気が有り余っている三匹の毛玉猫達によって、それに付き合わされているサザンカの体力は尽きかけていた。
『ね~え~! お腹空いたよ~! ツバキの作ったおやつが食べた~い!』
サザンカの体の上でごろごろと転がり、お腹が空いた! と騒いでいるのが緑色のヨモギ。
『うええ~ん……ツバキどこお? ラーハルトもいないよお……うぇぇえん……』
サザンカの長い尻尾の中に隠れてしくしくと泣き続けているのは、薄茶色のキナコ。
そして。
『うははははは! 俺達も探検しようぜ! 宝物を見つけるんだっ!』
一瞬たりとも止まらず、サザンカの周囲を跳ね回って騒いでいるのが黒色のアンコ。
『……』
みゃあみゃあ、みゃあみゃあ、絶えず騒ぎ続けている三匹に、遂にサザンカは大人しくしていろ! と一喝する。
それにびくりとした三匹は口をつぐむも、それも一瞬で。すぐにまたピョンピョンと飛び跳ねながらみゃあみゃあ鳴き出す。
『ちぇ~っ! サザンカのおっちゃんつまらねえの~!』
『お、おっちゃ……!?』
『うぇぇ……怒鳴っちゃやあ……』
『なあ! 外で探検しようぜ!』
『ええ~! おやつ食べたい~!』
『じゃあ、おやつ探し探検しようぜ!』
『あっ、おい!』
サザンカに怒鳴られしゅんとするも、すぐに復活した三匹は縁側から庭へと駆け出す。
慌ててサザンカが制止するも勿論聞くはずもなく。仕方なしにサザンカも重い腰を上げると、三匹を追って庭へ降りる。
『(はあ~っ! まあちょっと外で遊べば疲れて昼寝するだろ……)』
『おっ! 謎の穴発見!』
『(……ん?)』
ふと聞こえてきた不穏な言葉にサザンカが顔を上げると、庭の片隅の植木の陰に集まっている三匹。
と、見覚えのない穴。
『……ま、まさか』
謎の穴を前にして、瞳をきらきらと輝かせている三匹に、サザンカの背中の毛が嫌な予感にビシバシと逆立つ。
『それ~っ! 冒険だあ~っ!!』
『ちょっ、待て待て待て待て待てえええええっ!!』
サザンカの制止も届かず、迷いなく謎の穴へ三匹は突撃した。
預かり処では、皆がリビングに揃って朝ごはんを食べている。
そんな束の間の穏やかな一時に、ラーハルトはパンを口に運びかけて止まっていた。
「ダンジョンの出現、ですか?」
「ええ。村の外れで、どうやら新しいダンジョンが出現したそうなの」
「ギルドから師匠に何か連絡がきたんですか?」
「ええ、まあ」
──ダンジョンとは、時に金銀財宝が眠り、時に危険な魔物が跋扈する、超自然的な力で満ち満ちた未知の領域のことである。
ダンジョンの最奥に生息する魔物の親玉──ダンジョンボスを討伐すれば、そのダンジョンは自然に消滅するという仕組みもさることながら、その誕生の仕組みも未だ解明されておらず。
どんな魔物が生息しているのか、どのくらいの危険度なのかを調べ、必要とあらばダンジョンボスを討伐することは、冒険者にとっての義務ともいえる。
そんなダンジョンが、預かり処のあるこののほほんとした田舎の村の近くに出現したという。
「……ん!? それじゃあ、こんなのんびんりと朝ごはん食べてる場合じゃなくないですか!?」
いつもと変わらずに朝ごはんを咀嚼しているツバキの様子に、はあ、と気の抜けた返事を返したラーハルトだったが、朝ごはんと共に状況を飲み込むとぎょっと目をむく。
「えっ、えっ、村の近くに新ダンジョンが出現って、一大事じゃないですか! どっ、どどど、どうすれば……っ!?」
「落ち着け」
「むぐっ!?」
パニックを起こしかけているラーハルトを見かねて、ツバキはむんずと掴んだ毛玉猫をラーハルトの顔面に押し付ける。
『みゃあ~ん?』
「……」
『みゃお~ぉ』
「…………すううううう……っはああああ」
「少しは落ち着いた?」
「はい」
毛玉猫を吸って落ち着きを取り戻したラーハルトは、毛玉猫を膝に下ろして座り直す。
「で、ギルドから新ダンジョン探索の依頼がね、村を拠点にしている冒険者に対して強制で出ているから。朝ごはん食べ終わったら行くわよ」
「はっ!? 今日これからですか!?」
「アンコ」
『みゃみゃあ~んっ』
「っすううううはああああ!」
再び毛玉猫のアンコに顔面を押し付けて深呼吸をしているラーハルトを置いて、ツバキはサザンカへ声をかける。
「そういうわけで、今日はラーハルトとシシー連れて新ダンジョンに行くから、サザンカは留守をお願い」
『俺はいいけどよ。お前は一人で行くのか?』
「ミノ太郎を連れて行くわ。……実は既に出発した先遣隊によると、恐らく小規模のダンジョンで、生息している魔物もダンジョンボスも中級以下だろうってことだから、ラーハルトとシシーの訓練も兼ねてね」
『ふうん。そうなのか』
「うん。今日の夜には帰ってくると思うから、それまで従魔達のことお願いね」
『おう。ま、俺は今日一日、縁側でのんびりさせてもらうわ』
♦︎
ツバキに対して余裕の表情を返していたサザンカだったが、ツバキ達が新ダンジョン探索へ向かってから一時間も経たずに疲労困憊していた。
『みゃあ~っ!』
『みゃみゃみゃみゃっ!』
『みゃあああああああっ!!』
『……お、お前らっ、少し落ち着いていられねえのか!?』
アンコ、キナコ、そしてヨモギ。
元気が有り余っている三匹の毛玉猫達によって、それに付き合わされているサザンカの体力は尽きかけていた。
『ね~え~! お腹空いたよ~! ツバキの作ったおやつが食べた~い!』
サザンカの体の上でごろごろと転がり、お腹が空いた! と騒いでいるのが緑色のヨモギ。
『うええ~ん……ツバキどこお? ラーハルトもいないよお……うぇぇえん……』
サザンカの長い尻尾の中に隠れてしくしくと泣き続けているのは、薄茶色のキナコ。
そして。
『うははははは! 俺達も探検しようぜ! 宝物を見つけるんだっ!』
一瞬たりとも止まらず、サザンカの周囲を跳ね回って騒いでいるのが黒色のアンコ。
『……』
みゃあみゃあ、みゃあみゃあ、絶えず騒ぎ続けている三匹に、遂にサザンカは大人しくしていろ! と一喝する。
それにびくりとした三匹は口をつぐむも、それも一瞬で。すぐにまたピョンピョンと飛び跳ねながらみゃあみゃあ鳴き出す。
『ちぇ~っ! サザンカのおっちゃんつまらねえの~!』
『お、おっちゃ……!?』
『うぇぇ……怒鳴っちゃやあ……』
『なあ! 外で探検しようぜ!』
『ええ~! おやつ食べたい~!』
『じゃあ、おやつ探し探検しようぜ!』
『あっ、おい!』
サザンカに怒鳴られしゅんとするも、すぐに復活した三匹は縁側から庭へと駆け出す。
慌ててサザンカが制止するも勿論聞くはずもなく。仕方なしにサザンカも重い腰を上げると、三匹を追って庭へ降りる。
『(はあ~っ! まあちょっと外で遊べば疲れて昼寝するだろ……)』
『おっ! 謎の穴発見!』
『(……ん?)』
ふと聞こえてきた不穏な言葉にサザンカが顔を上げると、庭の片隅の植木の陰に集まっている三匹。
と、見覚えのない穴。
『……ま、まさか』
謎の穴を前にして、瞳をきらきらと輝かせている三匹に、サザンカの背中の毛が嫌な予感にビシバシと逆立つ。
『それ~っ! 冒険だあ~っ!!』
『ちょっ、待て待て待て待て待てえええええっ!!』
サザンカの制止も届かず、迷いなく謎の穴へ三匹は突撃した。
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