捨てられ従魔の保護施設!

KUZUME

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第6章 犯罪行為、ダメ絶対!

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 鋭い爪で飛び掛かってきたグレートウルフを、ラーハルトとシルバーは地面を転がり避けると急いで上体を起こす。

 「ラーハルト君!大丈夫かい!?」
 「は、はいっ」

 シルバーの従魔が腰を落とし低く唸り声を上げて相手を威嚇しているが、かつての仲間のおかしな雰囲気にどこか尻込みをしている。
 そんな従魔の様子を見てとったシルバーは素早く体制を立て直すと、尻餅をついているラーハルトの元へ駆け寄り助け起こし、グレートウルフへと視線は外さないままにラーハルトへと問いかける。

 「ラーハルト君。グレートウルフに対しても何か有効な対処は知っているかい?」
 「えっと…グレートウルフには、スノウウルフ達のような対処法はなくて…」
 「ってことは従来通り、無力化させたいなら力で押し勝つしかないか…」

 言うが早いか、シルバーは再び従魔術を使う。

 「強化、強化、強化ぁ!!!攻撃力、防御力、俊敏力をMAX強化だ!!!」
 『グルル…ガアアアア!!!』

 シルバーの従魔術によって各種能力を強化された従魔が、シルバーの意思を理解しその思いに応えるかのように力強く咆哮をあげる。

 「ちょ、ちょっとシルバーさん!?相手はうちのグレートウルフ1匹ですよ!?従魔にそんな強化を与えてどうするつもりですか!?」
 「1匹だからだ!今ならあのグレートウルフだけに集中出来る!少々手荒にはなるが、一瞬でグレートウルフの意識を落とす!」
 「でも、そんなことしたら怪我を…!」

 腕を掴むラーハルトの手を振り払い、シルバーはしっかりとした口調で告げる。

 「ラーハルト君。君の気持ちは分かる。けれど、いち冒険者として、調査団の一員として、今僕が優先すべきは盗まれた従魔の身の安全ではなく、窃盗団の捕獲と一般人である君の身の安全だ」
 「!」

 同じ従魔術師とはいえ、責任のある冒険者としてグレートウルフへの武力行使による無力化を試みるシルバーの揺るがない決意を感じとったラーハルトは唇を噛んで押し黙る。
 そしてごくり、とラーハルトは唾を飲み込んだ。

 「…一般人、というのなら俺は除外してもらってかまいません。従魔がいなくとも、俺は冒険者登録をしている従魔術師です。自分の身の安全の責任は、自分で取れます!」
 「ラーハルト君、でも、」
 「俺に一度だけチャンスをください!一回でいいんです!俺が失敗したら、そしたら、もう何も言いませんから…!」
 「…」

 重々しくため息をひとつ吐くと、シルバーは逡巡してから口を開いた。

 「…責任は自分で取れると言ってもね」
 「シルバーさん!お願いします!」
 「…一度だけだよ。それに、危ないと思ったらその一度の途中でも割って入るよ。目の前で大怪我をするのを黙って見ているわけにはいかない」
 「!はいっ、ありがとうございます!」

 ラーハルトはお礼を言うが早いか、ずっとグレートウルフを威嚇し続けていたシルバーの従魔の隣まで駆け出る。

 「ラーハルト君!それで、何か策はあるのかい!?」
 「さっきみたいな必殺技はないですけど、でも1つ試してみたいことはあります!」
 「試してみたいこと?」

 視線だけで振り返ると、ラーハルトはこんな状況でもニッと笑ってみせる。
 まるで、ツバキだったらそうするとでも自分に言い聞かせるように。

 「俺らは従魔術師ですよ?それで魔獣に遭遇したなら、やることは1つでしょう」
 「?」
 「従魔術の基本は、魔獣とのコミュニュケーションを取ることを可能とすること。従魔契約とは、魔獣との対話である!」



♦︎



 ラーハルトは額の汗を拭うと変わらず口輪の中で牙を剥き出し唸るグレートウルフへと向き直る。
 いまだ漂う寒さに震えてはいるが、グレートウルフの瞳には剣呑な仄暗い炎が揺れている。

 「…従魔術の基本は、従魔あいてと心を通わせること」

 ラーハルトはツバキの教えを口に出して言いながら、唸るグレートウルフと少し距離を置いて膝をつく。

 「…魔力波を放ち、相手と同調する」

 深呼吸をして、ラーハルトは自身の魔力波を放つ。自分を中心にゆっくりと波のように、けれど相手を飲み込むことなく優しく触れるように。

 「…重要なのは、魔力波に敵意をのせないこと」

 ラーハルトの放つ魔力波にグレートウルフが触れる。一瞬の身じろぎはしたものの、グレートウルフは特に抵抗もなくその場にじっとしたままラーハルトを見つめ続ける。

 「…!…なんだ?なんか…グレートウルフの魔力以外に何か混じってる…?」

 ラーハルトのこめかみにつ、と汗が垂れる。
 意識をより深く集中し、気持ちの悪いその感覚を探る。まるでぐちゃぐちゃに絡み合った毛糸を一本一本解くように、丁寧に、けれど出来る限り素早くその原因を探る。

 「…がツバキ師匠の従魔契約に影響して、めちゃめちゃにしてるんだな…!!」
 「その原因を除去出来るかい!?」
 「やってみます…!ツバキ師匠の魔力なら、いつも感じてますからなんとかなりそう…!」

 1分、数分、数十分。
 体感にしてみればもっと気の遠くなるような時間をかけて丁寧に、グレートウルフを取り巻く絡まり合った魔力を正しく解いていく。
 ラーハルトの額から顎まで伝ってポタポタと汗が滴り落ちて地面の色を濃くする。
 いよいよ呼吸も荒く視界がチカチカと白く点滅し出した頃、その時は唐突に訪れた。

 ──カチッ。…ガチャッ!ゴトンッ!!

 「……っは、…はぁ」
 「…取れた」

 グレートウルフにきつく食い込むように嵌められていた恐ろしい口輪が、静かに冷たい地面に転がっている。
 グレートウルフも、暫く呆然と佇んでいた後、跳ねるように顔を上げてその場で嬉しそうに一声鳴く。
 その声に呼応するようにシルバーの従魔も鳴き声を上げてグレートウルフの元まで駆け寄ると嬉しそうに共にはしゃぎ出す。

 「…」
 「取れた」
 「…」
 「取れた…取れたよ!ラーハルト君!やったよ!!」
 「…え?」
 「凄い、凄いよラーハルト君!!君のその魔力の同調の深さと正確さは並外れている!!正直、僕じゃ同じ事をしてもあの口輪を上手く外せたとは思えない!!」
 「あ、え…?」

 はしゃぐ2匹を目にして、ラーハルトは脱力したようにその場に尻餅をつく。
 横に居るシルバーが何やら興奮してラーハルトの能力の高さを褒め称えているが、その言葉のどれも上手くラーハルトの頭には入ってこない。
 分かるのはただ、もうグレートウルフは大丈夫だ、というらしい事。

 「…はは」
 「本当に凄いよラーハルト君!君は一体どこで従魔術を習ったんだい!?その同調能力の高さについて今まで先生や冒険者から何か指摘された事は!?」
 「や、ないですね…なにせ俺、今まで従魔契約成功してませんし…」
 「は!?信じられない…!いやいや、それはきっと何かわけがあるに違いない…!君ほど正確に魔力同調を行える従魔術師なんて見た事がないよ!!」
 「そ、そんな、照れますって!いや~…そっすか?」

 あははと2人揃って笑い声を上げる。
 和やかな空気が流れる中、ここから出たら一度首都の従魔術協会総本部に来ないかい?なんてシルバーからの誘いにラーハルトは照れ笑いを返し額の汗を拭う。

 「えっへへ…はぁ。それにしても汗が…」
 「はは。仕方ないよ、これだけ洞窟内が暑ければね」
 「いや、本当。暑くって……あれ?」

 そこで初めて額から流れる汗が緊張や疲労からくるものではなく、単純に暑さからくるものだと気づいたラーハルトははたと動きを止める。
 暑い。洞窟内が暑いのは仕方がない。けれど先ほどまではこんなに暑くなかったような。むしろ寒いほどで…。
 と、そこまで考えたところで恐らく同じような表情をしたシルバーと目が合う。

 「…ラーハルト君。ちなみに今って魔力の残りは」
 「…使い果たしましたね」
 「雪を生み出していた魔法は…」
 「とっくに切れてますね…」

 ごくりと2人の喉が鳴る。

 「「と、いうことは~」」

 手に手を取って興奮していた2人と2匹の周囲は、いつの間にか再び唸り声で満ち満ちていた。

 『グルル!!』
 『ガアアアウッ!!ガウッ!!!』

 「「!?!?」」

 突き刺すような冷気と雪が消え去り上機嫌から急下降、むしろ不機嫌MAXなスノウウルフ達と、こちらも投げ飛ばした氷の棒が消えて戻ってきた人狼モドキ達がズラリとラーハルト達を取り囲んでいた。

 「ひえええええ!!!」
 「ラ、ラーハルト君、何か策は!?」
 「魔力もう空ですって!シルバーさんこそ何か!従魔術は!?」
 「もう既にラブちゃんに対して強化を重ねがけしてるから…っ、正直僕の魔力もほぼ空…」
 「ええ!?普段の冒険時はどうしてるんですか!?こんなピンチ、シルバーさんクラスの冒険者なら普通でしょ!?」
 「洞窟で高ランクの魔獣に囲まれるって中々だけどね!?っていうか普段だったらパーティ組んで依頼を受けているから、こんなピンチは早々ない!!」
 「嘘でしょ!?えっ!?じゃじゃじゃじゃあ、一体どうすればいいんですか!?」
 「ラーハルト君こそ何か良い案ない!?」
 「俺に聞くんですか!?従魔もいない上に魔力空だっつってんでしょ!?」
 「君こそあのツバキさんのお弟子さんでしょ!?常識外を求めるのは仕方ないことだろう!?」
 「常識外なのはあくまでツバキ師匠だけなのであって俺は常識の内側にいます…っ!!」

 と、空気を裂くような咆哮が言い合う2人の動きを止める。
 びくりと肩を跳ねさせ、言い合う内に周囲から逸らしお互いだけに向けていた視線をそろそろと戻せば、そこにはドアップで迫り来るウルフ種達の顔、顔、顔。

 『グルル…アアアアアア!!!!!』

 「「っぎゃああああああああ!!!!!」」

 2人と2匹は1つの塊になってきつく抱き合う。
 反射でぎゅっと固く瞼を閉じ、来たる衝撃に身構え──

 「目を、閉じるなあああああ!!!」

 数年振りに聞いたかのような錯覚を覚えるほど、聞きたくて堪らなかったその声に、無意識にラーハルトは全身から力を抜いて深く息を吐いた。
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