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物理的に縮まる距離と心理的に縮まらない距離
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──ビシャッ!
「……つめたっ!!…ん?」
額への衝撃とぼたぼたと垂れる冷たい水にララは堪らず声を出して起き上がる。
「…あれ?」
自分の部屋ではない広い部屋の大きなベッドの上。どうやら惰眠を貪っていたようだとララは涎のあとの残る自身の頬を擦り、寝る前は何をしていたんだったか、と動きの鈍い脳みそを回転させる。
視線を動かして窓を見れば、外は橙に染まりどこからともなく烏の鳴き声が聞こえる。
夕方、ということは昼寝をしていたのだったっけ。はて、しかし仕事があるのに昼寝とは。段々とララの脳みそも覚醒してくる。
そしてなんとはなしに起き上がった拍子に膝へと落ちた水浸しのタオルを見つめて思考も動きも止める。
「…?……っ!!!」
何をしていたか、どこに居るのか思い出したララは寸でのところで大絶叫を踏みとどまる。
「ひ、ひえっ…やばい…!」
寝てたわけではなく、気絶していたことを思い出したララは慌てて転げ落ちるようにしてベッドから這い出る。
「ぅぅぅ嘘でしょ!やばい殺される…!!」
ギックリ腰のトーマスの代わりに働くどころか、シリウスの目の前で大失態を犯している。何一つ任された仕事は終わっていないし、元々の自身の仕事である掃除の類も何一つ終わっていない。もう夕方である。
ララはベッドから転げ落ちた際に打ち付けた膝を庇いながらなんとか部屋の扉まで辿り着き冷ややかなドアノブを掴む、がこの後に待ち受けているだろう叱責を想像して顔色を青くし固まる。
あの鋭い爪で殴られるだろうか。それともあの牙で頭をがぶりとやられてしまうだろうか。
「…っ!ええい!このままここで項垂れててもどうにもならないっ!せめて半殺しで済むように謝り倒そう!!人間、誠意を持って心から頭を下げれば気持ちは通じる!!!多分!!!きっと!!!」
ごめんごめんごめん!とぶつぶつ呟いてなんとか気合いを入れたララはぐっとドアノブを握り直し、ガチャリ!と勢い良く扉を開ける。
「…」
「…」
「……かっ、閣下、偶然です、ね~」
「……ここは俺の部屋だが」
「…」
「…」
勢い良く開けた先の廊下には、今まさに扉を開けんとしていたシリウスが居た。
心の底から己の失態を謝ろうとしていたララだったが、想定外の遭遇に脳みそはパニックを起こし機能を停止する。
「…はぁ」
「!」
シリウスを見つめたまま固まるララに痺れを切らしたシリウスはため息をこぼす。
そしてそれに対してもびくりと肩を震わせたララに気づいたシリウスはまた面倒くさそうに再度ため息をこぼし、そしてくいっと顎で部屋の中を指し示す。
「…おい。なんか知らんが具合が悪いなら寝てろ。もう今日は仕事はいい。どうせトーマスが後でやんだろ」
「……え?」
面倒そうにしているシリウスだが、特段腹を立てている様子は見受けられない。
ララが仕事を全う出来なかったことも承知で、無理せずに休んでいてもいいと言う。
そんな、予想していた態度と全く異なるシリウスに、ララは緊張に噛み締めていた唇をゆるく開く。
「あ、あの。でも、その…私、動物の毛まみれのベッドはちょっと…」
2人の間に寒風が吹き抜けた、気がした。
ひくりとシリウスの口端が苛立ちに引き攣るのと、ララが己の口がうっかり滑らせた言葉にハッ!となるのはほぼ同時だった。
「てめぇ、人が優しくしてやれば…っ」
「あっ!いえ!そうではなくて、まさか私なんかが貴族様のベッドを使うわけにはいかないっていうか…!」
「嘘こけやぁっ!!さっきはっきり動物の毛がっつっただろうが!!!」
「ひぃぃいいい!ごめんなさい!口が!思わず口が滑りました!!!」
「本心じゃねえか!!!」
慌てて頭を下げたララの服がぐい、と引かれバランスを崩す。転ばないように思わず下げていた頭を上げれば、ララの服の裾を咥えて後方、部屋の奥へとぐいぐい進むシリウスの姿が視界に写りララの顔面は蒼白になった。
「き、ぎゃあああ!何ですか!?何するんですか!?ちょっと!?」
「ふふふぇーなっ!!寝ふぇろっつっふぇんふぁ!!!」
「え!?!?なに!?!?」
「ガルアアアアアアッッッ!!!」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
四足歩行の獣の力に勝てる筈もなく。ずるずるとなす術もなく引き摺られていったララは最終的にバフンッ!と小気味の良い音を立てて柔らかいベッドへと顔面から倒れ込んだ。
「いったたた…え?ベッド?」
「寝てろ。もう今日は寝てろ。起きてくんな」
「えっ!?起きてくんなって、でも、仕事が…」
「うるせえ」
「えー!?」
ふんっと鼻を鳴らすと、シリウスはそれ以上言葉を返す事もなくのっそりふさふさの尻尾を緩く揺らして部屋から出て行ってしまった。
シリウスの部屋のシリウスのベッドの上、一人ぽかんと口を半開きにしたままのララを残して。
「……なんなの?」
頭から丸かじりにされる事はなくほっと胸を撫で下ろしたララの手に湿った何かが触れる。
なんだと視線を下へ落とせば、ベッドの上には無造作にびしょ濡れのタオルが一つ落ちている。
そういえば起きた時に顔に乗っていたのが落ちてそのままだったか、と思い出してふと「あれ?」と思い至る。
「………誰かが看病してくれた、ってこと?」
トーマスはギックリ腰だし、そうすると消去法的にシリウス確定となるのだが、そんなまさかとララは自分のありえない考えに鼻で笑う。
「…ん?でも今日はもう仕事しないでいいなら、閣下は何しにきたの?」
突然キレたり怒鳴ったり、かと思えば意味不明な行動をしたり。
お貴族様ってのはわけが分からないなとララは考えを放棄してベッドに横になった。
「……つめたっ!!…ん?」
額への衝撃とぼたぼたと垂れる冷たい水にララは堪らず声を出して起き上がる。
「…あれ?」
自分の部屋ではない広い部屋の大きなベッドの上。どうやら惰眠を貪っていたようだとララは涎のあとの残る自身の頬を擦り、寝る前は何をしていたんだったか、と動きの鈍い脳みそを回転させる。
視線を動かして窓を見れば、外は橙に染まりどこからともなく烏の鳴き声が聞こえる。
夕方、ということは昼寝をしていたのだったっけ。はて、しかし仕事があるのに昼寝とは。段々とララの脳みそも覚醒してくる。
そしてなんとはなしに起き上がった拍子に膝へと落ちた水浸しのタオルを見つめて思考も動きも止める。
「…?……っ!!!」
何をしていたか、どこに居るのか思い出したララは寸でのところで大絶叫を踏みとどまる。
「ひ、ひえっ…やばい…!」
寝てたわけではなく、気絶していたことを思い出したララは慌てて転げ落ちるようにしてベッドから這い出る。
「ぅぅぅ嘘でしょ!やばい殺される…!!」
ギックリ腰のトーマスの代わりに働くどころか、シリウスの目の前で大失態を犯している。何一つ任された仕事は終わっていないし、元々の自身の仕事である掃除の類も何一つ終わっていない。もう夕方である。
ララはベッドから転げ落ちた際に打ち付けた膝を庇いながらなんとか部屋の扉まで辿り着き冷ややかなドアノブを掴む、がこの後に待ち受けているだろう叱責を想像して顔色を青くし固まる。
あの鋭い爪で殴られるだろうか。それともあの牙で頭をがぶりとやられてしまうだろうか。
「…っ!ええい!このままここで項垂れててもどうにもならないっ!せめて半殺しで済むように謝り倒そう!!人間、誠意を持って心から頭を下げれば気持ちは通じる!!!多分!!!きっと!!!」
ごめんごめんごめん!とぶつぶつ呟いてなんとか気合いを入れたララはぐっとドアノブを握り直し、ガチャリ!と勢い良く扉を開ける。
「…」
「…」
「……かっ、閣下、偶然です、ね~」
「……ここは俺の部屋だが」
「…」
「…」
勢い良く開けた先の廊下には、今まさに扉を開けんとしていたシリウスが居た。
心の底から己の失態を謝ろうとしていたララだったが、想定外の遭遇に脳みそはパニックを起こし機能を停止する。
「…はぁ」
「!」
シリウスを見つめたまま固まるララに痺れを切らしたシリウスはため息をこぼす。
そしてそれに対してもびくりと肩を震わせたララに気づいたシリウスはまた面倒くさそうに再度ため息をこぼし、そしてくいっと顎で部屋の中を指し示す。
「…おい。なんか知らんが具合が悪いなら寝てろ。もう今日は仕事はいい。どうせトーマスが後でやんだろ」
「……え?」
面倒そうにしているシリウスだが、特段腹を立てている様子は見受けられない。
ララが仕事を全う出来なかったことも承知で、無理せずに休んでいてもいいと言う。
そんな、予想していた態度と全く異なるシリウスに、ララは緊張に噛み締めていた唇をゆるく開く。
「あ、あの。でも、その…私、動物の毛まみれのベッドはちょっと…」
2人の間に寒風が吹き抜けた、気がした。
ひくりとシリウスの口端が苛立ちに引き攣るのと、ララが己の口がうっかり滑らせた言葉にハッ!となるのはほぼ同時だった。
「てめぇ、人が優しくしてやれば…っ」
「あっ!いえ!そうではなくて、まさか私なんかが貴族様のベッドを使うわけにはいかないっていうか…!」
「嘘こけやぁっ!!さっきはっきり動物の毛がっつっただろうが!!!」
「ひぃぃいいい!ごめんなさい!口が!思わず口が滑りました!!!」
「本心じゃねえか!!!」
慌てて頭を下げたララの服がぐい、と引かれバランスを崩す。転ばないように思わず下げていた頭を上げれば、ララの服の裾を咥えて後方、部屋の奥へとぐいぐい進むシリウスの姿が視界に写りララの顔面は蒼白になった。
「き、ぎゃあああ!何ですか!?何するんですか!?ちょっと!?」
「ふふふぇーなっ!!寝ふぇろっつっふぇんふぁ!!!」
「え!?!?なに!?!?」
「ガルアアアアアアッッッ!!!」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
四足歩行の獣の力に勝てる筈もなく。ずるずるとなす術もなく引き摺られていったララは最終的にバフンッ!と小気味の良い音を立てて柔らかいベッドへと顔面から倒れ込んだ。
「いったたた…え?ベッド?」
「寝てろ。もう今日は寝てろ。起きてくんな」
「えっ!?起きてくんなって、でも、仕事が…」
「うるせえ」
「えー!?」
ふんっと鼻を鳴らすと、シリウスはそれ以上言葉を返す事もなくのっそりふさふさの尻尾を緩く揺らして部屋から出て行ってしまった。
シリウスの部屋のシリウスのベッドの上、一人ぽかんと口を半開きにしたままのララを残して。
「……なんなの?」
頭から丸かじりにされる事はなくほっと胸を撫で下ろしたララの手に湿った何かが触れる。
なんだと視線を下へ落とせば、ベッドの上には無造作にびしょ濡れのタオルが一つ落ちている。
そういえば起きた時に顔に乗っていたのが落ちてそのままだったか、と思い出してふと「あれ?」と思い至る。
「………誰かが看病してくれた、ってこと?」
トーマスはギックリ腰だし、そうすると消去法的にシリウス確定となるのだが、そんなまさかとララは自分のありえない考えに鼻で笑う。
「…ん?でも今日はもう仕事しないでいいなら、閣下は何しにきたの?」
突然キレたり怒鳴ったり、かと思えば意味不明な行動をしたり。
お貴族様ってのはわけが分からないなとララは考えを放棄してベッドに横になった。
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