月夜の食卓で晩餐を

KUZUME

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第6話

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 旧王国暦5000年、人々は歓喜に湧いた。今日は新王国暦1年だ、と。
 太陽が燦々と降り注ぐ街のそこかしこで人々は喜びに踊り、酒を酌み交わし、天を仰いだ。
 街中の家々から忌々しい重たいカーテンは消え去り、あれだけ立ち込めていた停滞と陰鬱な空気は霧散して今やどこにもその気配の欠けらも感じられない。

 「万歳!人間万歳!」
 「遂にあの憎むべき愚王を、吸血鬼を斃したんだ!」
 「貴族だなんだ気取ってた吸血鬼共も消えた!この国は我ら人間のものだ!身分差なんてもう存在しない!我ら人間は対等で自由なのだ!」
 「万歳!人間万歳!」

 日々暗く人々の暮らしに影を落としていた重税も、平民を命ある生き物とも思わない愚王も、務めと称して血液を提供するよう迫っていた吸血鬼ももう国中を探しても何処にも居ない。
 旧王国暦5000年、新王国暦1年、革命が起きたこの日を永遠に忘れないと、それから1週間が過ぎても人々は国中では祝い合った。



♦︎



 はぁ、と逞しい肩幅を持った青年は乗っていた馬から降りると背負っていた荷物を下ろし道端の石の上に腰掛けた。
 頭上真上で輝く太陽は何ものにも遮られることなくぎらぎらと照っている。
 青年は額に滲む汗を服の袖で拭い、水筒を取り出して水を口に含む。
 ふと、青年の顔に影がかかる。

 「おや、騎士様がこんな辺鄙な田舎にまでご苦労様だねぇ。何かあったのかい?今日は王都で年に1度の祭りだろうに」
 「ええ、まあ。ちょっとした探しものがありまして。貴女はこの辺りの村の方ですか?」
 「いや、私は旅人だよ」

 王国の騎士である青年は、声をかけてきた主を仰ぎ見る。
 レースの付いた日傘を差したその人物は、旅人というには華奢な体躯の女性だった。

 「今日は随分と日差しが強い。あんたみたいな騎士様だって気をつけないと倒れちまうよ。その探しものとやらもほどほどにね」
 「はは、そうですね。ありがとうございます。でも俺、探しものは得意なんですよ。昔仕事に出たきり迷いに迷って行方不明になっていた母親も探し出したことがありますし」
 「おや」
 「それもこれも、俺に何処へでも行ける翼を授けて下さった恩人がいたからなんですけど…」
 「翼とはまたおかしなことを言うね。あんたの背中のどこにいも翼なんて無いじゃないかい」

 女性が日傘に隠れた下でふふと笑いをこぼす。

 「いえ、本物の翼ではありません。でも確かに俺はをその人から貰ったんです。…どんなに挫けそうな時も、何故かを口に出せばやる気が湧いて出てきた。それに実際問題、その人に食事を恵んで貰えなければ俺は凍死か餓死かしていたでしょうから」
 「そうなのかい」
 「ところで、」

 青年が立ち上がり女性に向き合う。すると、日傘に隠されていた女性の顔が青年の目に入った。

 「俺は王国騎士団、アルタイル家のトトといいます。この辺りにかつての貴族、吸血鬼が潜んでいるとの報告を受け探しに来ました」
 「へぇ、そうかい。その吸血鬼を見つけてどうするんだい?」
 「吸血鬼には1人の例外もなくこの王国から退去して頂きます。もし、応じて頂けない場合は…」
 「その場合は、その腰の銀の剣で殺すかい?」
 「いえ、俺の家で食事でも如何ですかと誘うつもりです」
 「……ははっ!なんだい、そりゃ」

 青年の答えに、女性は一瞬ぽかんとしてから鋭い牙が覗く口を大きく開けて笑う。

 「っくく…おっと、私としたことがこれは失礼なことをした。名乗って貰っておきながら、こっちは返していなかったね。私は、アクベンス元公爵家のビッケという。どうぞ、ビッケと。もしくは恩人様でも構わないぞ?トト」
 「ビッケ…!」

 くしゃりと顔を歪めたトトは震える手でビッケの頬に触れる。

 「ずっと、ずっと探してたんだ…!あの日のお礼が、どうしても言いたくて」
 「折角の祭りの日をほっぽり出してまで来るようなそんな大層なことしちゃいないさ」
 「いいや、あの日ビッケが俺を拾ってくれなかったら俺は間違いなくあの路地で死んでた。母さんにもう一度会うこともなく」
 「おや、お前の母親は生きてたのかい。お前の口ぶりからてっきりもう死んじまってるかと思って見送ったけど」
 「はは、はっきり言うね。確かに俺も今だったら諦めてると思うよ。でもビッケが俺に何処へでも母さんを探しに行けるように名前をくれただろう?それがどれほど俺の心に勇気を生んでくれたか…それで俺は、諦めないで何処までも探しに行こうと決意したんだ」
 「…そうかい」

 柔らかく微笑んだビッケを見て、トトは触れていた手を離した。

 「騎士になったのも、王国の色んな所に行くし、吸血鬼の情報が入ってくるからなんだ」
 「お前、どれだけ私に会いたかったのさ」
 「俺は受けた恩は忘れないんだ」

 2人は見つめ合い、どちらからともなくふっと息を吐いて笑う。
 そうしてトトはビッケの背に手を添えると傍らに佇んでいた馬の元へと進める。

 「さて、それじゃあ一宿一飯の恩返しとやらを受けに行こうかね」
 「ああ」
 「おっと、太陽燦々のテラスで食事とかはやめておくれよ」
 「勿論、とっておきの晩餐を用意するよ。幸い、今夜は満月だ。満月が綺麗に見えるバルコニーはどうかな?」
 「完璧だ」

 今宵、月夜の食卓で君と晩餐を。
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