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番外編
人形の野心〜侍従長〜(後)
しおりを挟む作中に近親相姦の表現があります。
苦手な方は閉じて下さい。
ドンとこい!な勇者様はこのまま下へ~
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
長い夢から覚めたような気がして目を開けた。
一瞬今が何時なのがわからなかったが、隣から聞こえた声に毒を飲んだ後だとわかった。
「よくあんな珍しい毒を用意したね。
間に合わないかと思ったよ。」
「よくある毒では誰でも入手できるではありませんか。
ハスターバルでもあまり知られていない、彼の地でしか取れない毒でなければ。
貴方のご希望通りアラミスに追い討ちをかけられたでしょう?
あれから何日経ちました?」
声が出にくくなっているな。
掠れていたが相手は聞き取れたようだ。
わたしの体を起こし薬と水と差し出してきた。
礼を言って薬と水を飲んだ。
「二週間眠り続けたよ。
君の命を奪うつもりなんかなかった。
予め毒の種類を教えてくれていればこちらも対応が楽だったのに。
君、かなり危なかったよ。」
それはワインに毒を混ぜた己がよく知っている。
最上の酒を下賜するとなればワインで有名なハスターバル産も選ばれるとわかっていたから、国王にアイシェバール当主は酒が好きだと言ったのだ。
ハスターバル産のワインに毒が入っていてそのワインを献上したのはアラミス、ここに来た侍従の内2人がアラミス家門の者。
今回は関係ないでは済まされない。
わたしも死ぬ予定だったのだがラグセルが毒物を特定して解毒剤を飲ませてくれたようだ。
「左様でございますか。」
まだ体が痺れている。
もう使い物にならないだろうか?
「相変わらず自分に頓着しないねぇ。」
「ラグセル様こそ気の抜けた話し方は変わりませんな。」
「君には最初から素を見せていたからね。今更取り繕ってもしょうがないだろ。」
肩を竦めておどけたように言う。
最初ー王妃から鞭で打たれ生死を彷徨った後、目覚めた時に出会った事を言っているのだろう。
あの時は血が流れ過ぎて倒れ、意識がハッキリしたのは10日後だった。
当時の侍従長が部屋まで見舞いに来て、わたしは10日間生死を彷徨い、姫様は無事だがわたしの記憶を無くした事、あの日の暴行は箝口令が敷かれわたしの不敬は不問にされたと教えてくれた。
最後に国王からゆっくり体を休めるように伝えられ侍従長が出ていった。
そうか、わたしとの思い出は全て忘れてしまったのか⋯
寂寥感はあったがあの惨状を思えばそれだけで済んで良かったのかもしれない。
まだたった5才になったばかりだ。
気が触れてもおかしくない状況だった。
だがあのクズ共の元にいて姫様が生き延びられるだろうか。
あの王妃はまともではない。
今回の件まではあった王妃に対する同情も姫様に手をあげ罵倒した時点で一欠片も無くなった。
そうは思っても権力のないわたしでは姫様を連れて逃げ出すには難しく、王城に居れば命を守れない。
その葛藤を破ったのは深夜の訪問者だった。
「よく生き延びたねぇ。
背中の傷凄かったよ。肉なんか抉れてたから。」
どこか間延びした声がいきなり部屋の中から聞こえ、声のした方を見た。
蝋燭に照らされた青年になったばかりの柔和な美貌。
金の髪に紫水晶の瞳。
「このような時間に何用でしょうか?」
青年は瞳を瞬いた。
「突然自分の部屋に人がいるのにその反応?
報告通り動じない人だねぇ。」
「一応驚いております。
わたしの部屋にアイシェバールの跡継ぎがおられるのですから。」
紫水晶の瞳はアイシェバール公爵家の特徴だ。
「残念、僕は次男だよ。」
「ええ。」
わたしの返事に彼は柔和な笑顔を消し警戒の色を滲ませた。
「どうしてわかった?」
あまり警戒されても困るんだが。
「以前アイシェバール当主と姉君を見たのです。
かの方はまさにアイシェバールでしたから。」
アイシェバールの血は強い執着と異常な愛情を持っていると聞いていた。
そう、聞いてはいたが実際に見たかの方の姉君に向ける瞳には底知れぬ昏い闇が宿り想像以上だった。
実の姉弟では報われないと思ったが、ラグセルの見事な紫水晶を見る限り先王の暴挙により、姉君を見事に手中に収めたのだろう。
かの方のお子はラグセルだけだ。
「一応先妻の子って事になってるからね。」
「承知しております。」
藪をつつくつもりはない。
「ふっ、侍従長が推すだけあって理解が早い。
じゃあ、本題に入るよ。
今この国はアラミスに侵食されようとしている。
父上は国を捨ててもいいとの考えだが僕はこの国の王になりたい。
ここからが取引だ。
君が僕に協力してくれるなら一番目の姫君の安全だけは保証しよう。」
「·····」
「国王夫妻を今すぐ殺すとアラミスが姫君の後見として出てきて国が乗っ取られる。父上は静観するからね。
姫君を助けられるのは僕だけだと思うよ。」
「姫様の命の保証はどこにあるのです?」
「そこは信用してもらうしかない。
いくらこの国がどうなってもいいと思っても、父上は保険をかけてるよ。」
つまり以前から間諜を入れてたのか。
そして侍従長もアイシェバールの手の者だったわけか。
全く気づかなかった。
侍従長は金に汚い国王の腰巾着にしか見えなかった。
「体が治ったら侍従長を交代してもらう。君と姫君の関係を知る者はこちらに任せて、姫君とはもう関わるな。」
「姫様の弱みとならぬように?」
「そうだ。国王夫妻だけでなく誰に利用されるかわからないからね。
そうなれば姫君を殺すしかない。」
冷徹な声音で言い放った。
「ーー何故姫様を生かしているのですか?」
王位を欲しているこの男なら生まれて直ぐに姫様を亡き者にしてもおかしくない。
先々代の王弟を祖父に持ちこの国の筆頭公爵家。
国王に子がいなければ玉座に一番近い血筋だ。
「昔父上がヘンダー公爵に王妃と腹の子の安全を約束したんだ。」
だから手が出せないと不貞腐れたように言うラグセルに先程の約束は履行されると確信を持った。
わたしでは姫様のお命を守るのは無理だがアイシェバールなら·····
この男の手をとるしか道はないかーーー
それからはラグセルの操り人形となり姫様と一切関わらずに王城や国王の動きを定期的に報告した。
姫様が頭角を現しそれが面白くない連中からの暗殺やら毒殺等からはアイシェバールが守り命だけは守ってくれた。
姫様のお心を守る術はなかったが⋯
物思いにふけるわたしをラグセルは面白そうに見ていた。
「なんです?」
訝しげに聞くとラグセルは嫌な笑顔を浮かべて言う。
「今姫君の事を考えていただろう?
そんな時だけ君が人間なんだなと実感するよ。」
「失礼な、元から人間ですよ。
それよりこれからどうされるのですか?」
わたしの問いに考え込むように唸る。
「それなんだけど、アラミスの阿呆と馬鹿王女の浮気までは良かったけど、姫君が王族を抜ける事は予想外だったからまた計画を変更しないとね。
スードまで出てきたし。」
わたしにとっては最良の結果だが、ラグセルには頭の痛い状況だろう。
最初の計画では姫様がイルヴァンとの婚姻後、国王夫妻と第二王女は病死してもらい新国王となったイルヴァンはハスターバルとの内通の罪で姫様共々ラグセルに討たれる。
実際は姫様だけ死んだ事にしてアイシェバールに匿ってもらう予定だった。
それが馬鹿共のせいで計画を何度も変更しているから、愚痴も言いたくなるのだろうがーーー
「わたしとしては貴方のイカれた弟よりもスードの子倅の方が姫様を幸せにしてくれるので良いのですがね。」
あんなアイシェバールを体現した男に任せなくて本っ当に良かった。
ラグセルは拗ねたように「わかってるよ」と言う。
「とにかく今王城はアラミス断罪第二幕で騒がしいからね。
前回とあわせればアラミスにはもう後がない。
君は目覚めたけど予断を許さない状態だと国王に伝えている。
休暇と思ってゆっくりしていって。まだ顔色が悪い。」
ラグセルは立ち上がり部屋を出ていった。
わたしは深く息を吐いて体の力を抜く。
献上品の中に毒が混入されたと聞けば国王も本気でアラミスを潰しにかかるだろう。
下手をすれば己の命が奪われたかもしれない問題だ。
貴族も黙ってはいないから国内に居場所のないアラミスはハスターバルに逃げるしか手がない。
その時には是非第二王女も連れて行って欲しいものだ。
そうすれば国王夫妻は衝撃を受けて床に伏せりそのまま病死、第二王女が国を捨てたと見なされればラグセルが国王になる大義名分が立つ。
姫様の王族復帰の声があがるだろうが、ラグセルが国王に立ち姫様が承認すれば問題ない。
まあ、そこまで上手くは行かないだろうが姫様がスードで幸せに暮らせるなら、過程を修正しながら姫様の幸福の邪魔者は排除していけばいい。
わたしを操り人形だと思わせておけばラグセルがわたしの望んだ結果をこの手に齎してくれる。
わたしにまだ使い道があるなら彼の言うようにゆっくり養生するとしよう。
* * * * *
~後日の侍従長とラグセル~
「ところで何で毒の種類教えてくれなかったの?」
「姫様の記憶がやばそうだったので」
「·····」
「·····」
「えっ、それだけで死のうとしたの?!」
「アラミスにバレると拙いでしょう?」
「僕に頼るとかあるでしょ!」
「えっ?」
「えっ?」
「·····」
「·····」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
これで番外編終了します。
第二章は暫くお時間を頂きたいと思います。
応援ありがとうございます!
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