1 / 29
第1部
序章 不可抗力
しおりを挟む――ああ、これは助からないな。
夕闇が迫る清水の舞台から、身体は速度を上げつつ落下していく。
意識が失われるその瞬間に、高宮伊織はそんなことを思った。
伊織が京都を訪れたのは、修学旅行初日のことである。
伊織の通う高校は、福島県は会津若松市にあり、京都に到着した時点で既に夕刻に近かった。
長旅の疲れからか、最初ははしゃいでいた生徒たちも、その頃には皆一様に疲労困憊といった様子である。
京都に着くと、バスで数箇所の寺社を巡る。
とはいえ、他の生徒にとってはあまり興味のないことで、翌日の自由行動のほうが魅力らしかった。
早く宿泊先のホテルに落ち着きたいのが、彼らの本音だろう。
そんな中、ただ一人元気の有り余る者がいた。
件の女生徒、高宮伊織である。
あらゆる景色にキャアキャアと歓声を上げる。
それだけでも目立つのに、伊織はその格好ゆえに輪をかけて周囲の視線を集めている。
皆と同様に規定の制服を身に着けてはいるが、問題はその上に着ている物だ。
浅葱地に袖口を山型に白く染め抜いた羽織。
新選組の隊服である。
まだ冬の時期で黒のセーラー服だらけの中にいれば、人目を惹いて当然なのだが、当人が気にする様子は全くない。
実を言えば、制服ではなく小袖袴を着用したかったし、太刀と脇差も刺して歩きたかったくらいなのだ。
それをクラスの担任に大反対されて、渋々ながら羽織だけに妥協した。
***
清水寺に来たのは、もう日も暮れかかった頃だった。
「ねえ! ちょっと見てよ! スゴイ高いよ!!」
舞台の重厚な木柵に足をかけ、伊織はその景観に感嘆の声を上げた。
「伊織! あんた落ちたらどうすんのよ!」
焦り半分呆れ半分といった顔で、友人が咎める。
「せっかく来たんだから、この高さを堪能しなきゃー。そんな疲労丸出しの顔しないでよ、若者でしょ~?」
柵に登ったまま、伊織は下を覗こうと懸命に身を乗り出す。
「はいはい、盛り上がるのはいいけどねぇ。その羽織、ちょっと目立ちすぎて恥ずかしいよ」
「えー、だって、市中巡察には必要だし? 御用改めするにも様になるもん!」
どこに討ち入るつもりだ、と心中で突っ込みながら、友人は大仰に溜め息を吐く。
どう言われようと、羽織を脱ぐ気は伊織には毛頭ない。何しろ、大好きな新選組の隊服なのだから。
「あんたが新選組狂いなのは知ってるけど、先生だってあんなに反対してたんだしさあ……」
尚もブツブツとこぼす友人の声を聞きながら、伊織はさらに身を乗り出す。
『どんっ』
と、伊織は背中に衝撃を感じた。
身体を、何かに思い切り押し出された。
「!?」
ぎりぎりのところで身体を押し留めたが、瞬時に冷たい汗が浮く。
驚いて振り向こうと、乗り出していた上半身を引こうとした。
が、その拍子に手を滑らせてしまった。
「あっ!」
支えを失った伊織の身体は、宙に放り出された。
突き飛ばした相手の顔も、その影すらも見つけぬうちに、伊織は谷底へと落ちていく。
友人の悲鳴が、翳った新緑の中に反響していた。
【第一章へ続く】
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
晩夏の蝉
紫乃森統子
歴史・時代
当たり前の日々が崩れた、その日があった──。
まだほんの14歳の少年たちの日常を変えたのは、戊辰の戦火であった。
後に二本松少年隊と呼ばれた二本松藩の幼年兵、堀良輔と成田才次郎、木村丈太郎の三人の終着点。
※本作品は昭和16年発行の「二本松少年隊秘話」を主な参考にした史実ベースの創作作品です。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
赤い鞘
紫乃森統子
歴史・時代
時は幕末。奥州二本松藩に朱鞘を佩いた青年がいた。名を青山泰四郎。小野派一刀流免許皆伝の、自他共に認める厳格者。
そんな泰四郎を幼少から慕う同門の和田悦蔵は柔和で人当たりも良く、泰四郎とは真逆の性格。泰四郎を自らの目標と定め、何かとひっついてくる悦蔵を、泰四郎は疎ましく思いつつも突き放せずにいた。
やがて二本松藩の領土は戊辰戦争の一舞台となり、泰四郎と悦蔵は戦乱の中へと身を投じることとなる…。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる