新選組秘録―水鏡―

紫乃森統子

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第1部

序章 不可抗力

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 ――ああ、これは助からないな。



 夕闇が迫る清水の舞台から、身体は速度を上げつつ落下していく。

 意識が失われるその瞬間に、高宮伊織はそんなことを思った。



 伊織が京都を訪れたのは、修学旅行初日のことである。

 伊織の通う高校は、福島県は会津若松市にあり、京都に到着した時点で既に夕刻に近かった。

 長旅の疲れからか、最初ははしゃいでいた生徒たちも、その頃には皆一様に疲労困憊といった様子である。

 京都に着くと、バスで数箇所の寺社を巡る。

 とはいえ、他の生徒にとってはあまり興味のないことで、翌日の自由行動のほうが魅力らしかった。

 早く宿泊先のホテルに落ち着きたいのが、彼らの本音だろう。

 そんな中、ただ一人元気の有り余る者がいた。

 件の女生徒、高宮伊織である。

 あらゆる景色にキャアキャアと歓声を上げる。

 それだけでも目立つのに、伊織はその格好ゆえに輪をかけて周囲の視線を集めている。

 皆と同様に規定の制服を身に着けてはいるが、問題はその上に着ている物だ。

 浅葱地に袖口を山型に白く染め抜いた羽織。

 新選組の隊服である。

 まだ冬の時期で黒のセーラー服だらけの中にいれば、人目を惹いて当然なのだが、当人が気にする様子は全くない。

 実を言えば、制服ではなく小袖袴を着用したかったし、太刀と脇差も刺して歩きたかったくらいなのだ。

 それをクラスの担任に大反対されて、渋々ながら羽織だけに妥協した。


     ***


 清水寺に来たのは、もう日も暮れかかった頃だった。

「ねえ! ちょっと見てよ! スゴイ高いよ!!」

 舞台の重厚な木柵に足をかけ、伊織はその景観に感嘆の声を上げた。

「伊織! あんた落ちたらどうすんのよ!」

 焦り半分呆れ半分といった顔で、友人が咎める。

「せっかく来たんだから、この高さを堪能しなきゃー。そんな疲労丸出しの顔しないでよ、若者でしょ~?」

 柵に登ったまま、伊織は下を覗こうと懸命に身を乗り出す。

「はいはい、盛り上がるのはいいけどねぇ。その羽織、ちょっと目立ちすぎて恥ずかしいよ」

「えー、だって、市中巡察には必要だし? 御用改めするにも様になるもん!」

 どこに討ち入るつもりだ、と心中で突っ込みながら、友人は大仰に溜め息を吐く。

 どう言われようと、羽織を脱ぐ気は伊織には毛頭ない。何しろ、大好きな新選組の隊服なのだから。

「あんたが新選組狂いなのは知ってるけど、先生だってあんなに反対してたんだしさあ……」

 尚もブツブツとこぼす友人の声を聞きながら、伊織はさらに身を乗り出す。

『どんっ』

 と、伊織は背中に衝撃を感じた。

 身体を、何かに思い切り押し出された。

「!?」

 ぎりぎりのところで身体を押し留めたが、瞬時に冷たい汗が浮く。

 驚いて振り向こうと、乗り出していた上半身を引こうとした。

 が、その拍子に手を滑らせてしまった。

「あっ!」

 支えを失った伊織の身体は、宙に放り出された。

 突き飛ばした相手の顔も、その影すらも見つけぬうちに、伊織は谷底へと落ちていく。

 友人の悲鳴が、翳った新緑の中に反響していた。



【第一章へ続く】

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