赤い鞘

紫乃森統子

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三.払暁の戦

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 雨が上がり、上ノ内の界隈も梅雨の晴れ間を見せていた。
 相変わらず三春城の土佐兵が動く気配はなく、奥州街道の同盟軍本隊も小競り合いを繰り返しながらじりじりと圧されているらしい。
 薩長率いる敵軍は既に本宮宿に本陣を移している様子で、二本松の城下へ目と鼻の先ほどにまで迫っていた。
「城下は大丈夫なのか!? 我々も一旦城へ戻った方が良いのではないか?」
「だが、城からは引き揚げの命令などないのだ。戻らずここで守備にあたるべきであろう」
「殆どの兵が国境にまで出払っているんだ。そこを敵に突かれてみろ、城は一溜りもないぞ!?」
「まさか俺たちの知らぬ間に帰順、なんてことはないだろうな?」
 糠沢に宿陣する樽井隊の中に、そんなやり取りが盛んに交わされるようになった。
 兵糧を運搬する農民たちから聞こえてくる城下の様子というのは、非常に輪郭が曖昧であった。
 間近に迫った敵軍に対し、城は恭順派と徹底抗戦派とで揉めているらしい。
 勿論、又聞きである以上、その真偽は定かでないのだが。
 届く噂は悪報ばかり。どの藩が降伏しただとか、友軍の誰と誰が戦死しただとか、そんな話ばかりである。
 その上、肝心の城中が揺れているともなれば、国境に布陣する樽井隊が動揺するのも無理はなかった。
 中には既に及び腰で、「我が藩も手遅れにならぬうちに帰順を考えた方が良い」だとか、実に弱気な発言をする者さえ出る始末。
 はじめこそは、樽井が持ち前の剛毅さで叱咤をすれば動揺は収まった。だが、それも立て続けになると、そう簡単には収束出来なくなるものだ。
 徐々に、恭順を唱える者と主戦を唱える者の間の境界が明確になり出した頃であった。

     ***

「悦蔵。おまえはどっちだ」
 泰四郎は何気なく悦蔵に話題を振った。
 皆が鬼気迫る面持ちで議論を交わす中にあっても、悦蔵は依然として穏健な笑顔を絶やさない。相変わらず、定助から太鼓を借りては手持ち無沙汰にとんとこ鳴らしている。
「そういう泰四郎はどうなのさ?」
「俺が先に訊いたんだぞ。そういう答えは狡いじゃないか?」
「あはは、そう? だけど、俺にそういうこと訊いても仕方ないよ。泰四郎が戦うんなら俺も戦うし、帰順するっていうなら俺も帰順する」
 まるで戦などどうでも良いような口調で、悦蔵は言う。
 主戦と恭順、その真っ向対立する選択肢でさえ、泰四郎次第で自分もそれに従うというのだから驚きだ。生死をも分かつ問題だというのに。
 なるほど確かに、こういうところは昔とちっとも変わらない。樽井の言っていた金魚の何某そのものだ。
 すべて人任せのようにも聞こえ、それなのに少しも投げやりな空気が無いのが不思議であった。
「おまえには自分自身の意志というのがないのか? 何から何まで俺と同じにしようだなんて、呆れた奴だな」
 言葉通り、泰四郎は本当に呆れていた。鞘を揃いにするだとか、行く先々にくっ付いて来るのはまだ可愛いものと笑って許せても、重要な決断を他人に任せることは許しがたい。
 自らの意見も持たず、誰かがそうするから自分も同じ道を選んでおけば間違いなかろう。そんな風に考えているのだとしたら、それはもっと噴飯物だ。
 泰四郎の顔にも僅かに苛立ちが出たのか、悦蔵は刹那的に怯んだように顎を引いた。
「……ごめん」
「もう良い。おまえに話を振った俺が馬鹿だった」
「ごめんってば」
 しつこく謝る悦蔵を尻目に、泰四郎は踵を返した。

     ***

 その夜は雨も風も止み、珍しく静かな夜だった。
 いつもなら自然と耳に届く虫や蛙の声も、今日は何故か耳を澄ましても聞こえてはこない。
 不寝番の役目を担い、泰四郎は相変わらず悦蔵と共に待機していた。
 何から何まで、命ぜられる事は悦蔵と同じ。互いの不足を補い合うに最適な組み合わせだとでも思われているようで、泰四郎もいい加減辟易してきた頃である。
 四六時中顔をつき合わせているのには慣れているはずなのだが、最近になって首を擡げてきた妙な劣等感がそれを不快にさせていた。
 時折頬を撫でる風は重く、焚いた囲炉裏の火もやけに鈍く揺らめく。
 そんな重苦しい空気の中、平素と変わらぬものといえば目の前の悦蔵の顔だけだろう。
 泰四郎の顔を飽きもせずににこにこと見詰めている。
 暇を持て余して囲炉裏の灰を火箸でぐるぐると掻き回していた手を、泰四郎はふと止めた。
「……おい」
「うん?」
「うん、じゃない。さっきから気持悪いぞ、俺の顔はそんなに面白いか」
「ううん、面白くないけど?」
「だったら、穴の開くほど眺め続けるのはやめてくれ」
「面白くはないけど、飽きないから」
「ほう。……それは要するに面白いんだろう、俺の顔がっ」
 嫌味ではないらしいが、いけ好かない返答である。
 泰四郎が思わず語気を強くすると、悦蔵は慌ててしぃっと人差し指を立てた。他の者が就寝していることに気遣ったのだろう。
 そのことに気付き、泰四郎も咄嗟に口を噤んだが、周囲に雑魚寝する仲間たちは寝返り一つ打つ者もなかった。
 二人の声が止めば、ただ囲炉裏火の熾る音がごうと鳴るだけである。
 静か過ぎて、気味が悪いほどだ。
 会話らしい会話もなく、悦蔵と二人で顔を突き合わせているだけ、というのが何故か居た堪れない。
 絶対的存在の有無。
 樽井に言わせれば、それが悦蔵と泰四郎との大きな違いであるらしいが、実際に悦蔵はそこまで自分を必要としているのだろうか。
 誰の助けも要らないほどに腕を磨き、誰とも分け隔てなく接し、誰からも好かれるようなこの男が、である。
 隣に泰四郎のような年中顰め面の男がいたのでは、悦蔵にまで人は寄り付かなくなるのではないのだろうか。
 それでも、泰四郎にくっ付いて来る理由とは何なのか。
 じっと考え込むと、悦蔵が小さく吐息した。
「……静か過ぎても落ち着かないもんだね」
 そわそわしている風など臆面にも出さないくせに、泰四郎にそういう話を振ってくる。
 こういう時、昔の悦蔵なら敵を恐れておどおどしていただろうに。
 今の悦蔵は言葉とは裏腹に、実に泰然自若とした構えである。
「ちょっと外で立ち合ってみないか? どうせ泰四郎も暇だろ?」
「……なんでこんな夜中におまえと二人で立合い稽古なんかしなきゃならないんだ。暇と体力を持て余してるなら独りで行ってこい」
「なんだよ、少しくらい付き合えよ。それとも何、俺と立ち合うの、嫌?」
 眉尻を下げて泰四郎を覗き込む悦蔵は、ほんの少し寂しそうな顔をする。
 この媚びたような目も、相変わらず昔の面影を残している。突き放されそうになると必ず、こうしてあからさまに寂しげな顔を見せるのだ。
 本人に悪気はないのだろうが、悦蔵のそういうところだけは昔から好きになれない。
 付き合いが悪いと逆上したり、或いは強引な口調で食い下がられるのなら、まだ突っ撥ねようもある。だが、しょ気た顔でがっかりされれば、断り難いと感じずにはいられないものだ。
 まるで泰四郎が悪いことでもしたような雰囲気になる。
 その目を一瞥してから、泰四郎は結局これも降参したのだった。

     ***

 外はほぼ無風に近かった。
 篝火と月光が照らす家屋の庭先で、泰四郎は正眼に構える。
 木刀も刃引き刀もないため、薪小屋から適当な長さの物を拝借したに過ぎない。
 ぴたりと切っ先を定め、黙した泰四郎にやや遅れて、悦蔵もまた下段に構えた。
 こうして真っ向から視線をぶつけ合うことは、立ち合わない限り滅多にない。
 苦手なのだ。悦蔵に真正面から自分を直視されることが。
「――――」
 この時ばかりは、悦蔵に昔の面影など微塵も感じられない。泰四郎と対等の、ただ一人の青年になる。
 だからこそ、泰四郎も絶対に負けられないと自らを叱咤するのだが、そうと念じれば念じるほどに、悦蔵の顔が余裕に満ちた強者のそれに見えてくる。
 じゃり、と足を摺る音がし、先に悦蔵が間合いを計り始めた。
 刹那、ハッという短い気合と共に、悦蔵の得物が斬り上げた。
 カン! と太い枝と枝とが弾く。
 泰四郎の左胴を狙ってきたのを咄嗟に受け、拮抗した。
 悦蔵の太刀筋は、泰四郎にとって容易に見切ることの出来るものだった。
 拳にぐっと力が籠もり、同時に悦蔵の得物も押し返してくる。
「泰四郎」
 じりじりと均衡を保ちながら、悦蔵が口角を上げた。一層、余裕を醸し出している笑みに見えた。
「……いつもいつも、斬りかかるのが早過ぎるんだよ、おまえ」
「泰四郎こそ、手加減しないで欲しいなぁ」
 僅かに、泰四郎の眉間が強く反応した。
 無論、悦蔵の言うように加減していた。容易に躱して直ちに追撃も出来たものを敢えて受け、悦蔵の二の太刀を待ったのだ。
 だが、悦蔵はそれでは不足だと言う。
 また加えて、泰四郎は気付いていた。悦蔵もやはり、手加減というものをしている。
 得物を構えた瞬間に、それは否応無く泰四郎の直感に響いていた。
 斬りかかるのが早いのも、その太刀筋がどこか鈍く感じるのも、すべては悦蔵自身がわざと力を抑えている事に由来する。
「悦蔵、何故本気で来ない。誰も御手柔らかに、などと頼んでいないぞ」
「だって、いきなり本気出したら面白くないじゃん。俺だって、そういつまでもがむしゃらに掛かっていくようなわっぱじゃないよ。泰四郎こそ、相手が俺だと思って高括ってないか?」
「! ――っ」
 血が逆流するかのような感覚を覚え、泰四郎は無意識のうちに悦蔵の得物を弾き、次の一手を繰り出していた。
 弾かれた木の枝は悦蔵の手を離れ、ひゅっと空を切る音を立てて放物線を描く。
 賺さず籠手に一本打ち込もうとした泰四郎を、悦蔵は後方に退いて躱す。だが、泰四郎の迫撃は寸毫も躊躇わずに繰り出され続けた。
 ついにはその勢いのまま、屋敷の垣根にまで悦蔵を追い込んだ。
 胴を取ろうと薙いだ泰四郎の一手を避けるべく、悦蔵が最後の僅かな余地に後ずさった。
 避けきれずに体勢を崩した悦蔵が、どっと地に崩れ込むと、泰四郎の切っ先はその喉元をぴたりと捉えた。
「――――」
「……こ、降参」
 そう言って両手を挙げてみせた悦蔵の顔も、今は微かに強張る。
 泰四郎は無意識のうちに、丸腰の悦蔵に寸暇も与えず勝負を着けていた。
 ほんの二、三撃で片を付けたわりに、泰四郎の息は自身でも驚くほどに上がっていた。自ずと分かるのは、一瞬のうちに平静を失ったこと、そして、己が胃の腑が熱く上気しているらしいこと。
 死地に在りながらの悦蔵の余裕が小憎らしく、流派を極めた己に対し、加減をされた事実に激しい憤りを感じた。
 恐らくは今、泰四郎自身の顔も一層険しさを増しているだろうと思えた。感情を剥き出しにして攻め、悦蔵を負かすに至った今も尚、憤慨は収まる気配も無い。
 だが、厳しい睥睨を受けるにも関わらず、悦蔵はまたも笑ったのだ。
「やっぱ泰四郎は強ぇなぁ。びっくりしたー、アハハ」
 地べたに尻餅をついたまま、悦蔵はかりかりと項を掻く。
 いつもの悦蔵の表情と、声と、口調だ。
 何事の後も、必ず笑い飛ばそうとする。どんな深刻な会話の後も、どんな苦悩の末にも。
「――俺はおまえのそういう軽さが嫌いだ」
「……っえ?」
 上からねめつける泰四郎の視線の先で、悦蔵が目を丸くした。
「なんだよ、そんなおっかない顔して……」
「今がどういう時か、分かっているのか!? 戦だぞ? これから俺たちは敵を斬るんだ。街道の友軍は壊滅状態、俺たちに援軍は来ない。そんな状況下でヘラヘラ笑うおまえの顔には、虫唾が走るんだ!」
 弱く、臆病で、泰四郎が傍にいなければいつも皆に置いていかれるだけだったはずの存在が、何故今この時に悠然と微笑んでいられるのか。
 悦蔵よりも心身ともに強いはずの己が焦り、明らかな負け戦に及び腰になっているのは、何故か。
 吐き捨てた文句が、単なる八つ当たりだということは知っていた。口に出しても詮無いことだと、泰四郎こそが誰よりもよく理解している。
 だが、それでも箍の外れた憤りを鎮めることは叶わず、気が付けば口汚く悦蔵を罵っていた。
「――もしかして」
 驚愕した表情のまま、悦蔵が口を開く。
 抑揚に欠けた、掠れた声だった。
「怖いのか? 戦が」
「!」
 瞬間、カッと頭に血が上った。
 そんな言葉を、まさか悦蔵から掛けられるだろうとは、予想だにしていなかった。
 戦が怖い。己の死すのが怖い。敵を殺めることも、怖い。
 それは怯懦以外の何物でもなく、藩兵としてあるまじきことだ。
 だが、完全なる否定でもって悦蔵を遮る事も出来なかった。
「……俺は、人を斬ったことなぞ無い。実戦は日頃の道場稽古や軍事調練とは違う。おまえにとっても同じはずだろう」
「そりゃ俺だって、まさか人を斬ったことなんて無いさ」
 打ち負かした体勢で、俯瞰で見据える悦蔵の顔が白々とした月明かりを受ける。その面持ちの些細な変化さえ容易に見て取れた。
 泰四郎の猛攻と罵倒に不意を突かれた悦蔵の顔から、思いがけず緊張が解かれる。
 またも癪に障る微笑でも見せるのかと思われたが、改めて泰四郎見上げた悦蔵の目も口許も、笑顔のそれではなかった。
「勿論、俺は怖いよ。戦うのも、死ぬのも、殺すのも。だって俺だぞ? 昔っから人一倍臆病なんだぞ? ……だから笑ってんだよ。必死んなって泰四郎に食らいついてんだよ。気付けよ、そのくらい」
 じっと見上げていた悦蔵の目が、不意に伏せられた。
 その悄然とした仕草に、泰四郎も漸く突きつけた得物を下ろし、半歩足を引く。何故か、その瞬間に己の良心が咎めた気がしたのだ。
「……悪い。そう、だよな」
 悦蔵の目がこちらを見ていないのにも関わらず、狼狽からか泰四郎の目も僅かに泳いだ。
「なぁ、泰四郎。……本当言うとさ、俺は恭順しても良いんじゃないかと思うよ」
「! 何だと?」
 つい数刻前には主戦にも恭順にも属さないと宣言した奴が、ようやっと口に出した本音である。
 泳いだ目が再び峻厳さを帯びた。
 地べたにへたり込んだ悦蔵は、胡坐を掻いて深く項垂れており、そこにはいつもの柔和さも浮薄な雰囲気もなかった。
「泰四郎だって戦は嫌なんだろ? 勝ち目のない戦に出て、一体何のために死ぬっていうんだよ?」
「それは……」
 泰四郎は、一瞬、答えに惑った。
「それは、殿様の為、藩の為、ひいては故郷の為だろうが。三春のように恭順して同盟軍から睨まれ、挙句に郷里そのものが腰抜け呼ばわりされても良いのか。俺たちだけの問題じゃない、俺たちが寝返れば、郷里は後々までも裏切り者の汚名を蒙るんだぞ」
 咄嗟に口をついて出たのは、己の言葉ではなかった。
(何を言っているんだ、俺は。全部樽井隊長の請売りじゃないか……)
 今し方の発言を悔いて歯噛みしながらも、悦蔵の手前、それを撤回するわけにはいかなかった。
 樽井の考えが正しいだろう事は認めている。だが、樽井ほどの確固たる信念など自分には無い。それを、あたかも自らの持論の如く語る己に嫌気が差した。
 つい先刻、自分の意思がないのかと悦蔵をなじったばかりだというのに。
 たった今己の放った言葉は、重大な局面にあってさえ泰四郎を真似て答えを出す悦蔵と、どこがどう違うというのだろう。
 ややあって、悦蔵が顔を上げた。
「俺は、そこまで考えられるほどの余裕はないよ。でも、分からなくはない。俺もきっと、泰四郎が腰抜け呼ばわりされたら、腹ァ立つわ……」
 独り言のようにのんびりと言う。
 泰四郎が内心で酷く動揺を覚えているのに対し、悦蔵は実に悠々としたものだ。
 視野も規模も、樽井のそれとはまるで比較にもならないほどのごく小さな物差しだが、それは紛れも無く悦蔵なりの観念だった。
 その、樽井とは比較の対象にもならないだろう悦蔵の観念に、自分が勝れるものはあるのだろうか。
 腕で勝っても、心根で負けている。
 樽井の言う絶対的存在の意味が、この時でやっと一欠片分ほど理解出来たような気がした。

     ***

 その夜が空け切らぬ頃、上之内の村落に大音響の砲声が響いた。
 仮眠とは名ばかり、実際には一睡も出来ずにいた泰四郎は、咄嗟に跳ね起きた。ふと横を見れば、いつのまにかぴったり寄り添って眠りこけていた悦蔵も、弾かれたように身を起こしたところであった。
「な、何だ!? 今の音、砲……!?」
「敵かっ」
 雑魚寝の同士たちが続々と起き出す中、俟たずに表から樽井の怒声が飛んだ。
「夜襲だっ!! 総員直ちに起床っ、配置に付け!!」
 悦蔵と視線を絡めたまま、泰四郎の背筋が、ぞくりと粟立った。
 怒号の中の夜襲という一言が、やけに強調されて聞こえ、起き出した兵卒が一斉にどよめく。皆も同様に眠りは浅かったらしい。
 そうして口々に驚愕と困惑を叫びながら、それぞれ大小を差し、銃を片手に飛び出していく。怒涛のような音で踏み鳴らされる床板が、重く振動した。
「おい、青山、和田っ! 敵だ、早く出ろ!」
 土間を飛び出す寸前のところで、樽井直属の軍監が荒々しく声を投げた。
 その声ではっと我に帰り、泰四郎は慌てて立ち上がる。その次の瞬間、更に猛々しい砲声が耳を劈いた。
 大砲の地響きに続いて間髪入れずに小銃の乱射が始まる。同時に、戸外が俄かに騒がしくもなった。
「ほらっ、悦蔵、おまえも早くしろ! 敵の急襲だ!」
 焦慮に駆られるまま悦蔵にも声を掛けたのだが、悦蔵は茫然としたきり身動きする気配すらない。挙句、ただぼんやりと泰四郎を見上げ、
「敵、って……?」
 と、間の抜けた問いを寄越す始末。
「!? 馬鹿野郎っ! こんな時に何を呆けていやがる。官賊どもが攻め込んで来たってことだ!」
 泰四郎は激昂したが、やっと上体を起こした悦蔵は、喫驚したように泰四郎の目を見上げた。
 程なくして、戸外に対峙した樽井隊も応戦し始め、激しい銃撃戦が展開されたようだった。
「ぐずぐずするな、守備に回るぞ!」
 押っ取り刀で土間に降り立つと、悦蔵も怖じけた様子ながら、泰四郎に急き立てられて漸く配備の元込め銃を手にした。
 が、その一方の手が不意に、泰四郎の纏う陣羽織の背を引っ掴んだ。
 自然、後方に引き留められた状態から咄嗟に振り返ったが、悦蔵の目はこちらを見てはいなかった。
 伏せた目の色は判然とせず、ただその口許が強張って引き結ばれることのみ窺い知れる。
 暁闇の薄暗がりにこだます敵軍の銃声と、迎撃に出掛かる樽井の号令が轟く。
 すると衣服を掴み締める悦蔵の拳に籠もる力がぐっと強められた。
「……おい、何だ。出遅れるぞ」
 尋常でない様子の悦蔵に眉を顰め、泰四郎は声音を低くした。
 屋内からは最後の一兵が飛び出して行き、残るは泰四郎と悦蔵の二人。
 小刻みに拳を震わせるだけで、一向に何も言おうとしない悦蔵に業を煮やし、泰四郎は半ば強引にその手を振り払った。
「俺はおまえのような臆病者とは違う。俺は戦うぞ。おまえも来い、俺が戦うならおまえも戦うんだろう」
 ほんの数刻前にそう言ったのは、悦蔵だ。
 念を押すように言った泰四郎の口調も、知らずと剣呑になった。それは、泰四郎自身も未知の実戦に戦慄を覚えているからに他ならない。
「三春城の土佐兵だろう。官賊如き、蹴散らしてやろうじゃないか」
「……俺にも、出来るかな」
「何を言っていやがる。俺を越える気で来たんだろう! 出来る出来ないの話じゃない、やってのけろ!」
 叱咤激励すれば、悦蔵も緊迫の面持ちのままに深く頷く。
 そうしてそのまま、やや身を引き摺る悦蔵と共に戸外へと出た。
 自らもまた実戦を恐ろしく思っても、目の前に怖気づいた者があれば無理矢理にでも虚勢を張ってしまう。そういう己の性分は、呪ってあるべきか、或いはこの際幸いとすべきか。泰四郎にはどちらとも捉え難いことだった。

     ***

 鬱蒼とした山間の村は、暁近しといえども未だ濃厚な夜陰に包まれていた。
 当然、攻め込んで来た敵軍兵も、闇と深い森林の陰に隠れて姿形は愚か影を見るのも侭ならない状況だった。
「篝を消せ! 全員胸壁に着き、迎撃せよ!」
 ゆらゆらと火の手を上げる篝火は、今や恰好の標的となり、樽井陣営の兵卒の動きを敵兵に知らせる手立てとなっている。
 慌てふためきながら火を消しにかかる者があり、その動向を気取った敵の弾丸が集中し出す。
 しゅうっと硝煙を上げながら幾弾もが打ち込まれる中、流れ弾が当たったか、胸壁を伝った向こうから呻き声が上がった。
「隊長っ、駄目です、奴等我々の位置を完全に把握しています!」
「怯むな、撃ち返せ! 胸壁から離れるな、身を低くせねばやられるぞ!」
「こっちもやられた!」
「堪えろッ! 敵の接近を許すな、休まず撃て!」
 場は騒然としていた。
 周囲から続々と上がる悲鳴に近い声に、霹のような樽井の怒声は一時たりとも止まない。
「新式銃を持つ者はそのまま応戦、それ以外は火縄を持て!」
 泰四郎と悦蔵も、素早く胸壁に駆け寄り、土壁の向こうの敵弾の気配に身構えた。
 城下を離れる際、藩から支給されていた銃を構えるものの、深く生い茂った草木に阻まれ、標的が定まらない。
 左右の隣に銃を構える隊員が、忙しなく弾を込めては茂みを狙って引き金を引く。だが、手応えは無いに等しいようだ。
 命中したかどうかも判然としないことに歯がゆさを覚えたのか、断続的に銃声に混じって舌打ちするのが聞こえた。
 どこに銃口を向ければ良いかすら、分からなかった。
 その刹那。
 泰四郎の耳元をピュンと鋭く甲高い音が横切った。
「――っ!!」
 驚愕は声にならず、心の臓が跳ね上がり、瞬く間に早鐘を打ち出す。
 自らの心音と、潮騒のような雑音が執拗に耳に纏わりついた。
 瞬間、ざわつく耳に再び鋭い銃声が響いた。
「馬鹿! 青山、伏せろっ!」
「!」
 同時、隣で応戦していた仲間が泰四郎を地面に突き倒した。
 どっと地に伏したその身の上で、叫喚が飛ぶ。
 泰四郎が間髪入れずに顔を上げれば、左の上腕を押し掴んで崩れる朋輩の姿があった。
 敵の銃口が向いたものと気付き、咄嗟に泰四郎を庇ったらしい。
「お、おいっ、どうしたっ! 弾を受けたのかっ!」
 冷静に見れば、否、既に頭では仲間が目前で被弾したのだと分かっているのに、声に出るのはそんな回りくどい言葉ばかりだった。
 夜目にも銃創から血が滲み出していることが見て取れ、一つ息をする間に夥しく衣服を赤黒く染めていく。
「何を、やってんだっ! 撃ったらすぐに引っ込め! 胸壁から乗り出したまま、固まる奴があるかっ!!」
 苦痛に歪んだその顔を覗き込めば、即座に叱責を浴びせられた。
 泰四郎の目は、滴るほどにじっとりと溢れる鮮血に釘付けになった。だのに、その苦悶に耐えて引き攣った声音だけは、妙に鮮明に耳の奥にまで届く。
 身体の芯が凍え、ずしりと鉛のように重くなる。身内にその感覚の広がり行くのを、食い止める手立てを講じかねた。
「と、兎に角血止めを……」
 狼狽も顕わになった己の声は、明らかに震えていた。
「青山、血止めは後だ」
「はっ!? 何を……」
 今も脈に合わせてだくだくと溢れる血を止めもせず、仲間が次に出た行動に、泰四郎は目を瞠った。
 自身の銃創に齧りついたのだ。
 泰四郎が凝然と見入る中、そのまま微塵の躊躇いもなく、自らの歯で銃創を食い千切ったのである。
 微かにグッと呻く声と共に、食い込んでいた弾もろとも、齧り取った血肉がびしゃりと吐き捨てられた。
 当然、血は滲み出るそれから一変、飛沫を上げて迸る。
「う……ぐっ!」
 眼前に繰り広げられる光景に、泰四郎は思わず込み上げた。
 背後で言葉すら無く控える悦蔵の喉も、やはり同様の呻きを上げたようだった。
「しっかりしろ! 銃創は切り取って、血止めはそれからだ! 心配要らん、幸い利き腕は無事だ」
 滝のような脂汗を流しながらも、彼は手際よくその腕の付け根を手巾できつく縛る。
 手荒な処置に戸惑いを禁じ得ず、泰四郎の喉がごくりと生唾を飲んだ。
 銃創の手当ての仕方など、とっくから教えられていたのに。それでも現実に目の当たりにした光景は想像を超えていた。
 だが、当の怪我人は鬼気迫る形相を見せながら、再び銃を手に取ったのである。
「おまえ、本当にあの青山かっ!? そんな弱腰でどうする! 和田っ! おまえも早く加勢しろっ!」
 泰四郎を名指した次には、その背後に引っ込んだままの悦蔵にも檄を飛ばす。
 本当に、あの青山か――。
 その意味するところは思い違うはずもない、平素の泰然自若とした、偉丈夫たる泰四郎自身のことを言っているのだろう。
 今の自分はどうかしている。少なくとも普段の意気を欠いている。
 それどころか、今は恐怖という感情にびくついて、気が動転している有様。
 同じく銃創を負ったとしたら、果たしてあの手順を真似ることが出来るのだろうか。
「――――」
 違う。
 腕に銃創を作るだけならば、まだ良い。
 このまま身を固くしていれば、いずれは敵弾に命を落とすだろう。
 額に、嫌な汗が滲んだ。
「余計な事は考えるな。撃たねば撃たれる、殺らねば殺られるのみだ!」
 泰四郎の思考を見透かしたかのように、喝破する声が飛んだ。

     ***

 暁近い山間に、銃声は引きも切らずに響き続けた。
 泰四郎も漸く腰を据えると、調練で扱い馴れた銃を胸壁の上に構え、パン! と一弾放つ。
 だが、いくら敵兵の潜む叢を狙っても、藍染の靄と硝煙に霞む暗い陰からは悲鳴一つ上がることはない。
「……くそっ、掠ったかどうかも分からん!」
 最新の戦法だか何だか知らないが、骨肉を断つ感覚も無い戦がもどかしかった。
 銃弾は、弓よりも速く鋭い。尚且つ、刀槍を用いるよりも、引き金を引くことのほうが恐怖心は格段に少なかった。
 指一本動かすだけで、敵を斃す代物だ。無論、敵兵の指一本で己自身も落命する。
「駄目だ、全く当たった気がせん!」
 負傷しながらも尚、銃撃に加わっていた仲間が苛立ちを募らせては吐く。泰四郎も続けざまに何発か撃ち込むが、それも全く手応えはなかった。
「ちィッ! これじゃあ何発撃っても一向に埒が明かん。どうだ泰四郎、敵さんは減ってると思うか」
「いや、全くだ」
 憎憎しげに唸る仲間の声に応え、泰四郎もまた簡潔に返す。
 するとまた、徐々に嫌気が差し始めたものだろう、仲間の声が投げ遣りな自嘲を含んで再び話し掛けてきた。
「夜が明けきるまで待っていられやしねえ! 篝火でも投げつけてやったらどうだ、少しくらい敵の配置が見えるじゃないか?」
「馬鹿を言え。村を焼き払う気か」
「農民なんかとっくに逃げてるだろ。どの道、戦が長引きゃあ大筒の撃ち合いで結局火事じゃあねぇか」
 じっと腰を据えての銃の撃ち合い。そんな最中に愚痴を溢していられるのは、如何に敵に地の利を奪われたとて、まだ余力のある証拠だ。
 だが、夜明けを待たず片を付ける気なのか、敵弾の数は益々増え、勢いも衰える気配はない。
 草木の深緑の匂いが流れていたはずの村は、いつしか硝煙と土埃で濛々と霞んでいた。
 ふと気が付けば、泰四郎の背後で腰が引けていたはずの悦蔵も、敵弾を受けた胸壁から上がる土煙に咽びながら、漸う銃撃に加わっていた。
「泰四郎っ、……敵は、どんくらいいるんだっ!?」
「俺が知るわけがないだろう! 兎に角夜明けまで持ちこたえれば何とかなる! それまで休まず撃ちまくるしかなさそうだ」
 そう言い返す途中にも、味方の陣営のどこかで短く悲鳴が上がる。じわじわと負傷者も増えているらしい。
「……っわ、和田さん」
 蚊の鳴くような涙声が、背後から悦蔵を呼んだ。
 振り向く悦蔵につられて、泰四郎の見た先にいたのは、埃に塗れた定助だった。
 陣をあちらこちらと逃げ回っていたらしい。無傷ではある様子だが、袴の外腿のあたりが引き裂かれており、顕わになった脚にはくっきりと蚯蚓腫れのような筋が一本、見て取れた。
「定助、おまっ……、どうしたその脚!」
 賺さず定助へと踏み寄った悦蔵も、気付いたらしかった。
 泰四郎や悦蔵自身でさえ、身体を硬直させるほどに怯んでいたものを、たった十五歳ほどの少年ならば恐怖も一層であろう。
 身に迫る危機と、戦場独特のこの異様な緊迫感に呑まれてしまったとしても何ら不思議はない。
 だが、実際に今も戦闘中なのだ。構っていられるほどの余裕はない。
「おい、定助!」
「うあっ、は、はいっ」
 泰四郎に名を呼ばれ、定助は引き攣り上がった返答をする。
 蒼白になった定助の目の色から察するに、いざ本物の敵を目前にしても、それでもまだ泰四郎は怖い存在であるらしい。
 つい先程にあった己の不甲斐無さを見せていたなら、きっと定助の泰四郎を見る目も変わっていたはずだ。
(俺も十五の童と変わらん、か――)
 内心、そんな自嘲が過ぎったが、泰四郎はすぐに頭を振った。
「鼓手のおまえが戦う必要はない。俺と悦蔵の背後に身を伏せていろ。頭を上げるなよ、ぶち抜かれるぞ」
「おいおい泰四郎っ! わざわざ脅すような言い方すんなよ! 俺までぞっとするよ!」
「良いから早く持ち場に帰れ! 震え上がってても敵は減っちゃくれないんだぞ!」
 悦蔵を叱咤しているようでいて、それは明らかに自らを奮い立たせるための言葉の数々だった。

     ***

 東の空が白み、曙光の気配が近付く頃になっても、戦況はますます悪しくなる一方であった。
 銃撃に必死になっていた泰四郎にとっては、漸く周囲の気配に気を配れるだけの落ち着きを取り戻し始めた頃である。
 敵軍の中にも負傷者は出ている様子だったが、それでも形勢は依然として樽井隊の不利。二本松兵が敵に勝っているものといえば、死傷者の数のみ。
「この場は何とか退却を試みるしかなさそうだ」
 頃合を見て樽井の許に駆けた泰四郎が、開口一番に告げられたのがそれだ。
 武骨な装備に身を固める樽井の姿も、今は土埃と煤に塗れて薄汚れていた。それでも覇気だけは衰えず、眼光も鋭利に澄まされているのが一目で分かる。
「三春駐留の隊だろうが、奴等、土佐兵ではない。夜目で見分けがつかなかったが、黒の獅子頭……薩摩だ」
「薩摩、ですか?」
 三春城には土佐を中心とした部隊が入城していたはずだが、夜襲をかけてきたのは薩摩の別動隊だと言う。
 剣呑な樽井の口調に、泰四郎もまた怖気立つの感じた。
「今、薩摩が夜襲を掛けてきたということは、恐らく三春からは更に土佐兵が送り込まれて来る。そうなれば、最早我々に打つ手は無い。いや、それどころか全滅……だろうな」
 いやに重く吐き出された「全滅」の一言に、泰四郎は瞠目した。
 今対峙する薩摩でさえ、手に余る状態。そこに更なる後詰めがあれば、どうなるか。
「……我々に、援軍はないのですか」
 奥州街道には友軍がいる。この距離ならば、援軍要請を出しても充分間に合うはずだった。
 だが――。
「馬鹿を言え。敵軍のたった一個や二個小隊でこれだぞ、主力軍と遣り合う友軍に、兵を割く余裕は無い」
 見ろ、と目配せする樽井に従えば、ほんの一刻も経たぬ戦で、樽井隊の人員はほぼ半分にまでその数を減らしていた。
 適当な民家や、岩陰に退避した重傷者も多く、既に事切れた者に関しては、無造作に地面に転がっていた。
 気付けば、火薬の匂いに混じって血の臭気が濃く漂っている。味方の中には、小銃での攻撃に見切りをつけ、白刃で斬り込んだ者も多かった。
 無論、その殆どは一斉射撃を受け、身を蜂の巣の如くに撃ち抜かれて絶命したのだが。
 惨憺とした有様に、泰四郎は息を呑んだ。
 闇が晴れてみれば、昨夜まで共に雑魚寝していた朋輩たちの死体の海だ。
 胸を撃ち抜かれた者、顔面を撃たれて誰なのか判別もつかない者、更に酷い者は大筒の弾を受けて手足を吹き飛ばされていた。
「――城下へ引き揚げよう」
 呻吟の末の決断をした樽井の傍らで、泰四郎はまるで地獄絵図と化した味方の兵士たちの屍が累々と横たわる様を、その双眸に映していた。
 
 
【四.赤鞘の二壮士】へ続く
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