風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

文字の大きさ
上 下
80 / 98
本編

第十七章 万感交到る(5)

しおりを挟む
 
 
「若様は義姉姫様が気に掛かるというだけで、和左衛門殿や、側仕えの者たちを困らせるのですか」
 澪は五郎の袖を強く握ったまま、心を鬼にして苦言を呈する。
「大体、姫様の指南役がそこまで気になると仰るなら、登城させればよろしいではありませんか」
「それでは意味がないのだ。世子の私が呼べば、畏まって取り繕った姿しか見られぬ」
「………」
 先までの勢いは少々殺がれたものの、五郎は依然として引き下がろうとはしない。
「どうしてそこまで、姫様に拘られるのです」
 ずっと心に懸かっていたことを訊ねれば、五郎は途端に伏し目がちになり眉根を寄せた。
「……丹羽家へ入る前から、義姉上とはきっと仲良くなれると思っていたんだよ。義姉上のように自由闊達な方が側にいて下さるなら、慣れぬ家でもきっとうまくやっていけると、勝手にそう思い込んでいた」
 混迷を極める世情の中、養子入りしてすぐに、京へ上らんとする者たちの神輿になりかけた。かと思えば、国入り以後は病臥中の藩主に代わって総督府の使者との会談にも臨まねばならず、そんな中、拠り所にと恃んだ義姉からは、関心すら向けられなかった。
「家中の子弟から嫁に来いなどと迫られるほど親しくするくせに、義姉上は私には見向きもしない。家老たちが何か思惑あって義姉上と私を引き離していたとしても、それでも、ほんの少し話をするくらい──」
 些かその眼が潤んだのを、澪は見逃さなかった。
「そう、ですか」
 吐露された心情には、確かに同情するところがあった。如何に優秀でも、まだまだ少年なのだ。
 養嗣子としてやって来てからというもの、毎日気を張り詰めてきたのだろう。
 傅役の和左衛門は祖父と孫ほど開きがあり、同い年の相手役の少年も、あくまで御役目として節度を保った接し方なのかもしれない。
 世子として人に囲まれながら、人知れず孤独を抱えていたとしても不思議はない。心細げに打ち沈んだ顔は、ひどく暗かった。
 次代藩主という定めにある五郎が背負うものは大きく、その心の内をすべて量ることは敵うべくもない。だが、そうした孤独もいずれは乗り越えなければならず、その上で家臣との信頼を築き上げていくことも彼の責務のうちなのである。
 澪は唇を噛んだ。
 本音を明かした五郎に対し、これ以上厳しい言葉を投げつける気にはなれなかった。
「わかりました。道場まで参りましょう」
「! 良いのか!?」
「ただし、今日限りですよ。よろしいですね」
「ありがとう、澪」
 ぱっと顔を上げた五郎は、驚いたように目を丸くしたが、すぐにはにかんだような笑顔を見せたのであった。
 
 
【第十八章へ続く】
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

晩夏の蝉

紫乃森統子
歴史・時代
当たり前の日々が崩れた、その日があった──。 まだほんの14歳の少年たちの日常を変えたのは、戊辰の戦火であった。 後に二本松少年隊と呼ばれた二本松藩の幼年兵、堀良輔と成田才次郎、木村丈太郎の三人の終着点。 ※本作品は昭和16年発行の「二本松少年隊秘話」を主な参考にした史実ベースの創作作品です。  

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

赤い鞘

紫乃森統子
歴史・時代
 時は幕末。奥州二本松藩に朱鞘を佩いた青年がいた。名を青山泰四郎。小野派一刀流免許皆伝の、自他共に認める厳格者。  そんな泰四郎を幼少から慕う同門の和田悦蔵は柔和で人当たりも良く、泰四郎とは真逆の性格。泰四郎を自らの目標と定め、何かとひっついてくる悦蔵を、泰四郎は疎ましく思いつつも突き放せずにいた。  やがて二本松藩の領土は戊辰戦争の一舞台となり、泰四郎と悦蔵は戦乱の中へと身を投じることとなる…。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...