風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

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本編

第十三章 両端に惑う(2)

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「本当に心配は要らぬ。その気持ちだけで十分じゃ」
 その真っ直ぐな気性と思い遣る心が嬉しく、瑠璃は微笑みで返したが、それでも才次郎の顔はどうにも割り切れないような陰を落としていた。
「なあなあ瑠璃姫、それはそうと、俺達も出陣出来るのか!?」
「はァ!? 出陣!?」
 不服の残っていそうな才次郎を押し退け、目をきらきらさせて言う篤次郎に、瑠璃はまたも仰天した。
「仙台兵が城下を通っていくのを見たんだけど、その後二本松からも出兵しただろ? 俺達も若先生と一緒なら出陣出来るんじゃないか、ってみんなで話してたんだ」
 そわそわと落ち着かない篤次郎の肩を才次郎が抑えにかかる。
 とはいえ、才次郎も先の蟠りを引き摺りながら尚、出陣の話にはどこか浮足立った様子なのがその早口から伺い知れた。
 なるほど、まだ十三、四歳の彼らにしてみれば、この機に出陣が叶えばそれは一人前の大人と見做されることになる。それが単純に魅力的に映っているのだろう。
 実際のところ、番入り前の子弟を出陣させるようなことはない。例外があるにはあったが、それは稀なことだ。
 例えば鼓手など特殊な技能を備えているとか、功臣の嫡男であるとか、そうした要件に合致しなければならない。
 元々二本松藩は二十歳で番入りとなる。
 しかし入れ年・・・の慣習があるために、藩では十八になれば成人と見做して番入させるのが通例であった。
「いくら何でもまだ早過ぎよう。それにの、今重臣は皆、年少の者を戦に出すような事態に陥らぬよう懸命に働いておる。そなたらが出陣するような時は、愈々逼迫して危うい時じゃ」
 縁起でもない真似は慎めと顰蹙しながら言うと、篤次郎はあからさまに不満げな顔を作り、才次郎も気落ちしたような複雑な面持ちになる。
「そら見ろ、姫がこう言ってるんだ。お前らが願い出たところで出陣なんか許されるわけがない。分かったらあまり騒がんよう他の者にも伝えておくんだな」
 腕組みで見守っていた栄治が窘めると、年若い二人はしおらしく肩を落とし、揃って来た道を引き返して行く。
 心残りがあると見えて、才次郎のほうはこちらを振り返り振り返り去って行った。
 残る栄治は瑠璃と共にその背を見送ると、やおら口を開いた。
「あいつら、若先生に頼んで城に出陣を願い出ると言って利かなくてな。姫がいて助かった」
「道理での。困ったものじゃな」
 小さくとも、その心根は武士そのもの。
 一旦緩急あれば主君の為に身を捧ぐことを教えられて育っているだけに、彼らなりに今こそその時と考えたのかもしれない。
「ところで、銃太郎のところに来たんだろう? 入らないのか」
 門を潜って足を止めたのを見ていたのだろう。促すように言うと、栄治は瑠璃の側をすり抜けて道場のほうへ二、三歩歩く。
「ははは、来たは良いが、実は迷っていての。ここも城中と大差ないようじゃ」
「それはそうだ。あんな子供が出陣を考えるくらいだからな」
 それだけ大人がぴりぴりと殺気立っていたし、子供ながらに肌で感じ取るものは多かろう。
 瑠璃はふと城の方角を見上げた。
 北条谷の新緑が風にさざめき、緑のどこかで郭公の鳴く声がする。
 二本松の空は西の山々から変化する。
 その向こうは会津領であり、安達太良連峰の稜線は雨雲で覆われ始めていた。
 爽やかなはずの季節に不似合いな灰色の雲が、西の尾根から傾れ込んで来るかのようだった。
「……栄治も、皆と同じく抗うべきと考えるか?」
 ぽつりと零すように訊ねると、栄治は目を眇めて瑠璃を見た。怒りも苛立ちもなく、どこか醒めたような目だ。
「そんなこと、俺に訊ねてどうする」
「そなたの意見も聞いておきたい」
 すると栄治は唇を引き結んだが、間もなく薄笑うと声を落とした。
「恭順すべきだと言ったらどうする。俺の一言で指針を覆せるのか」
 今度は瑠璃が閉口する番だった。
 今や家中の大多数が薩長主体の総督府に激しい憤りを抱えている。
 そんな中で恭順を口にすれば、城の内外でどんな視線に晒されるかは易く想像がつく。
「俺のような奴が政を論じては、忽ち爪弾きにされる。今ですら疎外されているような家だ。姫の気持ちは有難く思うが、俺は決まった事に従う」
 栄治の亡き父、次郎太夫の刃傷沙汰以来、確かに山岡家は肩身の狭い思いをしてきた。
 割合に独りでいることの多い男だが、そこにそうした背景が絡んでいることは瑠璃も承知の上だ。
 栄治その人に咎はない。しかし家としての咎めがある。親しく言葉を交わしながら、それを救い上げることも叶えられずにいた城のお姫様に、釘を差したのかもしれなかった。
 数年来の付き合いと言えども、その本質で寄り添いきれない差がある。それは瑠璃にも栄治にも如何ともし難く、今のように随分と手前で門戸を閉ざされてしまうと、それ以上不躾に踏み込む事を拒まれたような壁を感じざるを得なかった。
「姫には姫の思うところもあるだろう。城の人間として守るべき規範もあるはずだ。家中の抱く思想に迎合している場合ではない」
 初めて会った頃からそうだが、栄治は自らについて語りたがらない。それが辛うじて存続している家に、更なる耳目を集めることを嫌っているからなのだと瑠璃が気付いたのは、割合に早かった。
 
 
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