風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

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本編

第七章 藩是(5)

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「うん。今のところ、そうなりそうじゃな」
 仮に真実降嫁することになったとしても、それ自体に不満はない。
 迎えた養嗣子の伴侶に定められようものなら、砲術もお忍びもやめろと言われかねない。
 無論、彼に非は無いのだが、これまでのような気ままな交流を厳しく制限されるのは火を見るよりも明らかだ。
「まだまだ暫くは自由にさせて貰うつもりじゃ。その間に、銃太郎殿にもミテ殿にももっと色々と教わらねばな!」
 瑠璃がにっかりと笑えば、銃太郎はその視線を徐ろに伏せてしまった。
(……未だに慣れてくれぬなぁ)
 遣り場を失った視線を直人に向け直すと、直人は失笑して、ほどほどにな、と窘めた。
 
   ***
 
「それじゃあ今日のところは、俺が城までお送りしますか」
 その後も暫時談義してから、直人が立ち上がった。
「え? もう帰るのか?」
「もう、って……姫様こそまだ帰んないのか?」
「んー、まっすぐ帰るのも癪でのー。ぐるりと散歩でもしようかと……」
 道場の外から聞こえる雨音は次第に弱まり、日差しはないまでも辺りは俄に明るみを帯びている。
 傘を差さずに歩いても何ら問題ない程度には、雨は上がっていた。
 すると、それまで押し黙っていた銃太郎が顔を険しくしてやおら立ち上がる。
 その体躯を支える足元の床が、ぎしりと軋む音が鳴った。
「直人、姫君は私が責任を持ってお送りする」
「そ、そうか……? 俺ん家どうせ城のほうだし、俺が──」
「姫君をふらつかせてばかりでは、それこそうちにもお咎めがあるかもしれん。私が寄り道させずにまっすぐ城へお送りする」
 語気も強く銃太郎は直人を抑制する。
「お、おう……どうした銃太郎、お前。そんな凄むことないだろ」
「お前こそ分かってるのか、姫君なんだぞ?!」
 気圧された直人が半歩後退り、瑠璃も慌てて立ち上がった。
 突如険悪な雰囲気が流れたことに内心で動揺しつつも、両者の間に割って入る。
「わ、分かった、今日のところはまっすぐ帰る! そんなに怒らずとも良かろう、仲違いは良くないぞ! 急にどうしたのじゃ、銃太郎殿!」
 右手に直人、左手に銃太郎の其々の腕を掴んで宥めようと試みるも、銃太郎の目は直人を見据えて動かない。
「ほら姫様もこう言ってるし、城にちゃんと帰るって……」
「そこだけではない。降嫁の噂も広まりつつある中で、姫君と連立って歩いてみろ、たちまち妙な噂が立つだろう!」
 銃太郎の太い声が直人を一層責め立てる。
 が、その瞬間に直人と瑠璃は互いに顔を見合わせた。
「………」
「………」
「なんだ、何かおかしなことを言ったか」
「それはその──、直人殿だろうが銃太郎殿だろうが、同じことではないのかの……?」
「……!!」
 銃太郎のへの字に結んだ口が開いたかと思うと、見る間にその目が泳ぎ出す。
「し、しかし! 私は姫君の指南役を仰せつかった立場で、妙な噂が立つ道理もなく──、だが直人はそうもいかないと私は……!」
「えっ銃太郎お前、狼狽えすぎだろう……? まさかお前、自分だけは何食わぬ顔で姫様の隣歩いてもいいと思ってたのか? は?」
「いや直人殿、何もそんな言い方もなかろう。誰でも好きに歩けばよかろうに」
 常日頃、無遠慮に垣根を越えていくのはむしろ瑠璃のほうである。
 その為に家中が咎め立てされるような事はないし、もしあったとしても全面的に庇う。
「その、……すまん」
「うん、謝ることでもないけどな」
「まあ気になるようなら、三人で歩けば万事解決じゃな」
 
   ***
 
 その数日後。
 藩主丹羽長国が世子を伴って城へ戻り、城内においても再び家中へその姿勢を示したのである。
 養子として一柳家から迎え入れた若君は、三代前の藩主丹羽長貴の外曾孫にあたる。
 丹羽家へ養子入りすると同時にその名を五郎左衛門と改めたのであった。
 幼いながらに才気に溢れ、聡明にして人となりに優れた御子だと近習する者たちの話では専らの評判らしい。
 だが、瑠璃は帰城の折に顔を合わせた一時、折り目正しく当たり障りもなく挨拶を交したのみで、その後義弟となった少年にあえて深く関わろうとはしなかった。
 
 
 【第八章へ続く】
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