風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

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本編

第四章 昔馴染み(4)

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 終始朗らかに、しかし瑠璃の気のせいでなければ些か挑発的にも聞こえる口調の助之丞とは対照的に、銃太郎の顔色は冴えない。
 何か二人の間に蟠りでもあるのかと訝るが、その空気を断ち切るように他の門下生たちが続々と道場に訪れたのであった。
 銃の構造や名称、装填の手順。これまで主流となっていた火縄銃と、ゲベール銃、そしてエンピール銃の違い。
 初めて銃に触れる者も多く、そうした門弟にも丁寧に噛み砕いて説明する銃太郎の様子は、師というよりも皆の兄のようであった。
 瑠璃と篤次郎の他にもちらほらと門下の少年が増え始め、滑り出しは好調らしい。
 道場で一通り解説し、小銃を携えてぞろぞろと射撃場へ赴く。
 まだ十人にも満たない数の門弟だが、少年たちが銃を抱える姿が珍しいのか、周囲の役宅からちらちらと覗く顔が見えていた。
「よし、それじゃあ教えた手順通りに弾を込めてみろ。順番に一人ずつ……そうだな」
 場内で銃太郎が声をかけると、門下生たちは一斉に手を挙げる。
 皆、我先にと競うように挙手する中、瑠璃は一拍遅れて手を挙げた。
 他の皆の勢いに思わず感嘆したところが、出遅れてしまったようだ。
 鼻息荒くぴんと腕を真上に伸ばす篤次郎が、ずずいと瑠璃を覆い隠すように前へのめる。
「はい! 若先生、はい!!」
「ちょ、篤次郎! 前を塞ぐでないわ!」
「だって俺一番弟子だし! ここは俺が!!」
「だからって私の前を塞ぐことはなかろう!?」
 ぐいぐい来る篤次郎を押し退けつつ、瑠璃も負けじと前へ出る。
 と、勢い余って二人揃ってごろりと前へ転がった。
「いってぇなーもう! 瑠璃姫ほんとに姫様なのかよ、姫様って普通もっとお淑やかーできらきらーってしてるんじゃないのかよ!」
「なにをぅ!? 私だってきらきらしとるわ! 見目麗しいじゃろ!?」
「ああもう、そこの二人うるさいぞ! お前たちはあとだ! ちょっと黙ってろ!」
 銃太郎の叱りつける声が轟き、瑠璃も篤次郎も揃って肩を震わせた。
「ふぁい……ごめんなさい」
「銃太郎殿はおっかないのう……」
 あれだけ砕けた口調を厭っていたのに、今やすっかり滑らかに怒鳴っている。
 ふと目を逸らせば、隅に控えて見学を決め込む助之丞と目が合った。
 瞬間、助之丞も瑠璃と視線が絡んだことに気付いたらしく、笑顔を作るとひらひらと掌を見せる。
 つられて手を振り返すと、またしても怒号が飛んで来た。
「姫君っっ!! こちらに集、中! するように!!」
「ほわーぃ! すみません!」
「プッ、怒られてやんの」
 こっそり噴き出す篤次郎をじろりとねめつけるが、篤次郎は素知らぬ顔でそっぽを向く。
(くっ……なんて奴じゃ)
 誰よりも対等に接してくる篤次郎には、むっとさせられる場面も多い。が、それも含めて仲間内として認められているようで、どことなく嬉しくもある。
 が、結局順番は篤次郎と一纏めで最後に回されたのであった。
 身丈ほどもある銃身を抱え、篤次郎も銃太郎の後に続く。
 更にその後ろに瑠璃と、そして助之丞が続く。
「重いなら俺が持ってやろうか?」
「だーいじょうぶじゃ! 私も銃太郎殿のように逞しくなると決めたからな!」
 重いには重いが、人に持たせる程でもない。
 それに、そんな場面を銃太郎に目撃されようものなら、またぞろ怒声が飛んできそうな気がした。
「そうか? でもなー、今のままの瑠璃姫でいいんじゃねえか? あんなに逞しくなられると、俺ちょっと隣に立ってて切ねーんだけどなぁ」
 ちらちら銃太郎を盗み見ながら、助之丞は瑠璃の隣を歩く。
 一方、銃太郎も銃太郎で、時折背後を振り返ってはこちらを気にしている様子だ。
「瑠璃姫さぁ、通うのに付き人が必要なら、やっぱ俺と同じ朝河先生のとこにすれば? そしたらいつも俺と一緒だし、ちょうどいいだろ?」
「えー、なんだよ瑠璃姫、入門したばっかで他んとこ行くのかよ? まあべっつに俺はいいと思うけどー、若先生も困ってるみたいだしー」
 話を聞いていた篤次郎が、さも嬉しそうな声音で囃す。
 加えて、これみよがしに銃太郎にぴたりと寄り添ってにんまり笑う。
 可愛くない。
 いや、篤次郎の顔は可愛い部類だが、その含みのある笑顔が可愛くない。
「銃太郎殿ー、篤次郎が姫君を虐めておるぞー! なんぞ注意してやってくれぬかー?」
「あっ汚えぞ瑠璃姫っ!! 若先生は俺のだからな!!」
「ぅええ!? そなたソッチの気があるのか!?」
「ふーん、篤次郎はもうすっかり若先生に懐いてんだな」
 ぎゃいぎゃい騒ぐ二人を笑いながら、助之丞は前を行く銃太郎の隣に駆け寄り、並ぶ。
 隣に並ぶと身丈の差は歴然で、助之丞でも目線はやや上げなければならなかった。
「銃太郎さんさぁ、ほんとに瑠璃姫弟子にしたんだな」
「……本意じゃないぞ。何なら諦めて貰おうと説得もしたが、駄目だった」
「あれま、じゃあ何よ? 俺のとこに引き抜いても問題ないわけね?」
 素っ気無い態度を崩さない銃太郎に、助之丞は軽く探りを入れる。
 と、銃太郎もふと考え込んだが、またすぐ助之丞に視線を戻した。
「それは無理だろう。改めてご家老様の許しを得るなら別だろうが」
「……ふぅん? そっか」
 やっぱり厳しいか、と小声で呟くと、銃太郎がどことなく気まずそうに視線を外す。
「それよりも、お前。随分姫君に気安いが、どういうことなんだ」
「え? 気になる? んー……気になっちゃう? 教えてもいいけど、どうしよっかなー??」
「いや別にそこまで気になるわけじゃ──」
「じゅーーーたろう殿ぉおおお!!! 篤次郎が噛み付いたぁぁぁあ!! いだいィィイイ!!」
 突如会話を引き裂いて轟いた瑠璃の大絶叫に、銃太郎も助之丞もぎょっとして振り返る。
 いつの間にか割と本気の喧嘩に発展していた二人を引き離さんと、他の門弟たちが団子のように群がっていた。
 
 
【第五章へ続く】
 
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