風に散る─幕末戊辰二本松─

紫乃森統子

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本編

第四章 昔馴染み(2)

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「すまん、団子と茶はこっちに頼むー」
「おいおい袖! 二の腕まで見えてんだけど!」
 勢い付いて振り上げた拍子に露わになった瑠璃の腕を隠すように、助之丞は慌てて袖を引っ張る。
「一応お忍びならそれらしく忍べよなー。ほんと、いくつになっても変わんねぇな、お前」
 ちくりと釘を刺すものの、助之丞は苦笑して軽く流す。
「そう言う助之丞も大して変わらんじゃろ。私はこれでも変わったぞー? ふふふ」
 たっぷり含みを持たせて、にんまり笑いながら皿の団子を一本頬張る。
「なんと私もついに砲術を習うことになったのじゃ!!」
「ハ!?」
「小銃を持たせて貰ったんだが、思っていたより重くてびっくりした!」
 もっちもっちと咀嚼しながら言うと、助之丞の面持ちが頗る怪訝なものになる。
 助之丞も、銃太郎と同じか一つほどしか違わない年頃だ。
 銃太郎に比すれば誰しもそうだが、助之丞はやや細面で体躯もすらりとした、爽やかさのある好青年だ。
「鳴海様、とうとう砲術まで教える気になったのか? ……砲術はなりませんぞ!! 瑠璃様のお手てに火傷が出来たら、ンまぁぁもう大ッ変!!! とか言って反対されてたろ?」
「……助之丞、そなた鳴海の真似うまいな」
 大袈裟な身振り手振りで鳴海の口真似をし、終えるとスッと真顔に戻る。
「師は鳴海ではないぞ。木村銃太郎殿じゃ」
 さらりと告げて、瑠璃はもう一本の団子に齧り付く。
「木村……、銃太郎?」
「ああ、江戸から帰ってきたばかりでな。一番弟子の座を射止めたかと思うたに、篤次郎に先を越された」
「はぁ、そうか……ふぅん」
 助之丞は卓上に肘を付き、頬杖をついて瑠璃のモリモリ食べる様子を眺める。
 どこか気の無い相槌が引っ掛かり、瑠璃は口をもごもごさせながら助之丞の顔を覗う。
「なんや? ほうひは?」
「何でもねぇよ。あと呑み込んでから喋れ、な?」
 ことん、と音を立てて湯呑みが眼前に置かれる。
 まだ熱い茶をふうふうと吹いて冷まし、団子を流し込む。
「むっハァー、うまい!!」
「はいはい良かったねぇ」
「やっぱり出来たての団子と熱々の茶は格別の味わいじゃな」
 城で口にするものは、どんなものも運ばれてくる頃には時が経っている。
 熱いものも冷たいものも、口に入るのはぬるくなってからだ。
 致し方ないとは理解しつつも、お忍びで外に出るたびに実感する、束の間の幸いである。
「なあなあ助之丞、おかわりしてもいいか? すいませーん! 団子もう一皿追加ぁ!」
「っだぁからお前、腕! 見えてるっつーの!!」
 声を張り上げて再注文すると、助之丞が賺さず腕の肌を覆い隠す。
「はー……お前さ、鳴海様じゃないなら別に他の師匠でも良かったんじゃねえの?」
「え? なんでじゃ、どうせなら最先端の知識を持つ者から学びたかろう?」
「そっ、それはまあ……そうかも、しれないけど……」
 やや憮然とした顔で口籠り、助之丞は視線を外した。
 家中に武衛流砲術を教える者は多く、それぞれに門弟がいる。助之丞はそのうちの朝河八太夫の門下であった。
 入門を一緒に喜んでくれるかと思ったが、助之丞は予想に反してあまり嬉しそうには見えなかった。
「はい、おかわりお待ち。……って、あらよく見たら姫様じゃないの。寒いのに元気ねぇ、今日はあのうるさいお武家さま、乗り込んでくるのかしら」
 追加の皿を載せて、店の女中が瑠璃の顔を覗き込んで笑う。
 数年前から店で働いている、三十路前ほどの女中だ。
「今日はうまく撒いてきたぞ! だがまぁ、もしまた馬ごと店に突っ込んだら、修理費用は大谷家に請求してくれると助かるの……」
「えぇ……何だよ、鳴海様この店に馬ごと突っ込んだことあんのかよ……ひでぇな」
「往来では下馬しろと散々申し付けてるんだが、あやつは何度言うても駄目じゃ」
「あんなでも偉い御方なんだろ? 突っ込まれるのは困るけど、何なのかしらね、なんっか憎めないのよねぇ」
 一頻り笑い飛ばす声を聞いてから、瑠璃はふと女中に尋ねる。
「そういえば、近頃米が高騰しておるようだの」
「え? ああ、そうよぉ! この団子もちょっと値上げしなきゃなんないかしらね」
 しかし、客入りが無いかというとそういうわけでもなく、相変わらず街道を行き来する人間が入れ代わり立ち代わり暖簾を潜るという。
「まあ見たところ、客の顔触れはちょっと変わってきてるかもね」
 言って、女中は自ら店の中を見渡すように背後を振り返る。
 それに釣られて瑠璃も客の様子をぐるりと眺めた。
「武家や浪人風の者が多いか?」
「この辺りの諸藩も日に日に使者の行き来が増えてるみたいだからな。このご時勢じゃ、無理もねぇけど」
 助之丞もまた、そうした変化は鋭く感じ取っていたらしい。
 ほんの一瞬、不穏なものを感じたが、それは女中の明るい声音にかき消された。
「ま、今日の分も城につけとくから、ゆっくりしていきなよ!」
 
   ***
 
 助之丞と連れ立って池ノ入門を潜る。
 背丈の高い杉や竹が群生し、西に日が傾けばすとんと暗くなる。
 二本松藩丹羽家の膝元は、その東西にかけて城下を二分するように小高い丘陵が横たわっていた。そのために急勾配の坂も多く、街道から城へ行くには必ず坂道を越えなければならない。
 そうした坂を上り切り、これから下ろうかという辺りで、助之丞は瑠璃を見遣った。
「けどさぁ、よく鳴海様が許したよな」
「え?」
 一瞬何の事かと訝ったが、先の砲術の話だろう。
「まあ、他の宿老たちがみーんな賛同してくれたから。鳴海一人反対したところで覆すのは難しかろう?」
「ご家老衆を味方につけたのかよ、お前なかなかやるな」
「ぅふふん」
「そりゃ鳴海様もたまんねーなぁ。あの人、お前のこととなるとほんと過保護だから……あんま虐めるなよ?」
「ひ、人聞きが悪いな! 大体あやつはいつまでも子供扱いし過ぎなのじゃ!」
 苦笑しつつも、助之丞は咎め立てるようなことは一切言わない。
 長い付き合いの中で、瑠璃が言い出したら利かないことを既に承知しているからだろう。
 しかし、助之丞はふと瑠璃を見る目を細めた。 
「なあ、瑠璃姫」
「ん?」
 歩きながら、瑠璃は助之丞を仰ぎ見る。
 その視界に降り頻る細雪は次第に強まって、大きな欠片になっていた。

 
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