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169話 ハイス辺境伯ゾマー
しおりを挟む熱風に曝され、寒い北国育ちのシュナイエン騎士団の騎士たちはヘトヘトになりながらも、南方の灼熱の地、ハイツェン城塞へリヒトと共に到着した。
南のハイス辺境伯ゾマーはとても気が短く、シルトと会った瞬間大喧嘩となった。
「これだから北の奴らはのろまな奴ばかりで困る―――っ!!」
ハイス辺境伯ゾマーは、浅黒い肌に縮れた赤い髪をしていて、そのうえシルトにも負けない大男だ。
岩石のようなゴツゴツとした傷だらけの怖い顔で魔獣のようにうなりながら怒鳴り散らした。
(顔だけ見るとトロールよりも怖い)
「南の辺境伯殿は礼儀を知らないと見える!」
気が短い質では無いが長くもないシルトは… カッ… と腹を立ててゾマーに売られた喧嘩を買った。
リヒトは… "子供がハイス辺境伯に会うと、必ず恐怖で泣き出す"という噂を、妃教育を受けていた王宮で耳にしたことがあり… この容姿のせいなのだと思わず納得した。
「なんて口の悪いお人だ、余計怖く見える… のろまと言われてもこちらは予定通りに来たのに」
罵り合うシルトとゾマーをながめ、顔をしかめてリヒトはこぼした。
「申し訳ない! 我が主君は本当に気が短くて… それにとても嫉妬深いのです」
ゾマーの側近の1人が、リヒトに平謝りし、こっそり打ちあけた。
「嫉妬深い?」
思わず聞き返すリヒトに、側近はここだけの話ですが… とひそひそ語り始めた。
「あの岩のようなお顔と、気の短い性格に口の悪さと… 何人ものオメガと婚約したのですが、全員我が主君に会うと、恐怖で泣き叫びその場で婚約を破棄されるのです…」
「ああああああ… もしかして、それで余計に根性が…?」
「ええ、それはもう曲がりに曲がって、今に至ります!」
涙ぐむ側近の肩をリヒトは元気を出してと、たたいた。
「ご苦労、お察しします…」
「我が主君に比べてシュナイエン辺境伯は美男子ですし、そのうえお美しい奥方をお連れとあれば、我が主君が曲がった根性をとがらせても仕方のないことで…」
「あ―――っ… なるほど… それで嫉妬深いと言ったのですね?」
2人で剣の柄に手を掛けて睨み合う大喧嘩になり、仕方なくリヒトは稲妻を飛ばし2人ともその場で身体の自由を奪った。
「私はとても忙しいので、神殿へ行き祭祀の準備をしようと思います お2人とも喧嘩は魔獣相手にされてはいかがですか? 見苦しいですよ?」
「リヒト… 私まで稲妻の餌食にするなんて、ひどいぞ…?」
身体がしびれて動けず、シルトが床に転がったまま、ぼやくと…
「いけませんよシルト様、剣に手を掛けて喧嘩をしては… 冗談が過ぎますよ?」
リヒトの顔は笑っているが、少しも目が笑っていなかった。
「ううっ… すまない、私が悪かったリヒト…」
意外なほどシルトが素直に謝る姿を見て、ゾマーはからかいの言葉を放った。
「クックック… どうやら北ののろまは妻に嫌われているらしい… ううっ! 痛ててててっ…」
シルトと同じように転がったままのゾマーの耳をつかみ、リヒトは引っ張った。
「ゾマー様? 私は無礼で躾が出来てない殿方が大嫌いなのです、思わず息の根を止めてやろうかと思うほどに!」
赤金色の瞳が暗く光り、生真面目なリヒトは本気で激怒していると、その場に居る全員が知る。
元王太子フリーゲから屈辱を受け続けたリヒトは、アルファの無礼な振る舞いには我慢ならなかった。
それも権力を持ち、これから国王になろうと言う人物だからこそ、絶対に許せなかったのだ。
「り… リヒト殿?」
可憐なリヒトの顔に、悪魔のような冷酷さが浮かび、身体の自由が利かないゾマーは…
ブルリッ… と心底震え上がった。
「一度… 私の稲妻で死んでみますか? それとも、もう一度痛い目に遭いますか? さぁ、ゾマー様どちらか一つ選んでください」
掌にバチバチと小さな稲妻を出し、強面で恐れ知らずの南方のハイス辺境伯を… 子供のように扱いリヒトは脅した。
「ど… どちらも嫌だ!」
「でしたら私が息の根を止める方を選びますが、それで宜しいですね? すごく痛いけど」
「嘘だろう?!」
「大丈夫、止めても再び生き返らせる術を知っていますから! もっと痛いけど」
「ゾマー様、うちの兄上は本気ですよ! 逆らわない方が良いです」
ヴァルムが見るに見かねてゾマーに助け舟? を出す。
「痛い方で頼む…」
「分かりました、ギリギリ死なない程度の痛さにしましょうね! へそを曲げて、まわりに迷惑をかけないように、きっちり躾をしないと!!」
そんなハイス辺境伯とのいざこざも、3日後には綺麗に治まった。
リヒトたちとは数時間遅れで到着した、"花の令息"メーアとその家族、元ブラウ公爵夫人と子供たちのお陰である。
「メーアさん、まずはこの辺りの地図を見て、覚えて下さいね?」
「は… はい、リヒト様」
大神官ヴァッサーファルの補佐神官タヴェレと、一緒に王都からやって来た数十人の神官たち、そしてリヒトとメーアが協力し合い、神殿で祭祀の準備をしているうちに…
元ブラウ公爵夫人は看病という名目で、リヒトにやり込められたゾマーの部屋へ行き、顔も心も傷だらけの大男を骨抜きにしたのである。
敏腕家の元ブラウ公爵夫人は、子供たちと自分の安定した生活の保障が欲しくて、美貌を武器に辺境伯ゾマーを見事にタラシ込んだのだ。
年齢的には5歳ほど元ブラウ公爵夫人のほうが年上だが、結婚適齢期の若い令息たちよりも、世慣れている分上手くゾマーを扱い、良い組み合わせだと重臣たちは本妻では無く愛妾ならばと2人の関係を黙認した。
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