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163話 ミルヒ
しおりを挟むシルトは大神官ヴァッサーファルの要望を思い出し…
リーラ公爵、処刑の報が王都で広まる前に、タイヒとヴァルムにリーラ家の"花の令息" を保護するよう依頼した。
2人はプファオの騎士を数人連れて、リーラ公爵邸へと向かった。
「これは…?! クソッ!!」
リーラ公爵邸へ入ってすぐに異変に気付き、イライラと罵りながらヴァルムは背中からゲヴィターの斧を取り外し手に持った。
邸内はひどく荒らされていて、金目の物はほとんど盗まれてしまったようだ。
「どうやらリーラ公爵が処刑されたと、誰かが知って邸を荒らしたようだな… もしかすると給金の代わりに、使用人たちが奪って行ったのかも知れない」
こんな状況でも、ヴァルムの師匠タイヒは冷静に見極めることを忘れなかった。
タイヒの話を聞き、ヴァルムは自分の生家のことを思い出していた。
プファオ公爵邸も荒らされかけたが、古参の使用人たちが手癖の悪い使用人たちを全員追い出し、略奪から逃れられたと執事に聞き…
ヴァルムは人間の貪欲さにぞっ… としていたところだ。
タイヒやプファオの騎士たちも剣の柄に手を掛けて、邸内を歩き回り"花の令息" を捜索した。
一部屋ずつ扉を開き確認するうちに、ヴァルムは2階の奥の部屋のすみで、絨毯の上に座り込み、1人で泣いているオメガの少年を見つけた。
リーラ公爵家の特徴である紫色の髪を持つオメガなら"花の令息" に間違いなかった。
「ねぇ君! "花の令息" …だよね?」
元々開いていた扉の間から顔を出しヴァルムは声をかけた。
ハッ… と顔を上げたオメガの少年は、ヴァルムの顔を見て怯えたように顔を引きつらせ、小さくうなずいた。
少年の視線がヴァルムの手にあるゲヴィターの斧で止まり、ガタガタと震えだす。
「ああ、これが怖いんだね? ゴメンよ! ここにいると危ないから君を迎えに来たんだ… 大神官のヴァッサーファル様が君を保護して欲しいと私の義兄上に依頼して、私はその代理なんだ」
ゲヴィターの斧を再び背中に装着すると、ヴァルムは少年にニカッ… と笑う。
「ヴァルム…様」
少年に名前を呼ばれて、ヴァルムは一瞬戸惑うが…
よくよく考えれば、年齢は違っても同じ学園に在籍しているのだから、知っていてもおかしくない。
「君の名前は?」
怯える少年にゆっくりと近づいて、これ以上怖がらせないように、慎重にヴァルムは手を差し出した。
「…ミルヒ」
しばらくの間ミルヒは躊躇していたが、ヴァルムは急かさず黙って手を差し出したまま待った。
密かに震える手を伸ばし、ミルヒは細い指先でそろそろとヴァルムの大きな掌に触れると…
ゆっくりとヴァルムは、小さなミルヒの手を包むように握った。
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