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139話 最前線2
しおりを挟む「やはり王宮を制圧して、国王を確保しなければならないな」
ひどい惨状を見たせいで、シルトは珍しく好戦的になり… 大神官ヴァッサーファルとの話を、真剣に考えている。
「シルト様?!」
隣にいたリヒトにだけ、シルトのつぶやきが聞こえた。
「その前にプファオ公爵を、何としてもお救いしなければいけないが…」
「シルト様… 本気ですか?」
不安そうに見上げるリヒトに、シルトはたずねた。
「リヒト… この状況、お前ならばどうやって切り抜ける?」
「シルト様の妻の立場から言えば、このまま北方へ帰りましょうと、言いますが…」
「ふむ!」
「ですが、"花の令息"の立場からなら、今のシルト様のお言葉に同意します、王家は… リーラ公爵の目は曇っています、そのような盲人にこの国を任せるのはあまりにも危険です」
シルトはリヒトの意見を聞き、静かにうなずいた。
副団長に案内され救護所テントまで来ると、リヒトはいくつか指示を出した。
「なるべくこのテントの周りに、ケガをした人たちを集めて下さい!」
神殿でとり行う祭祀のように、女神の力を地上に引き出すのはとても難しく…
広い範囲に力を拡散させるよりは、せまい範囲に収束させ強く影響を与えられるように、力を調節した方が効率が良いのではないかとリヒトは考えたからだ。
重傷者でいっぱいの救護所テント内には入らず、その前でリヒトはひざまずくと… 頭からすっぽり被ったマントを脱ぎ、祈りに入る。
意識がはっきりしていた騎士の何人かは、琥珀色の夕日に曝された孔雀色の髪を見て息を呑む。
「プファオ公爵家の… "花の令息"ではないか?!」
「何故ここに… リヒト様は確か北へ流刑になったはずでは…」
キラキラと輝く光の粒が、リヒトの周りで戯れるようにフワフワと現れ… その粒がケガ人たちの身体に、次々と吸い込まれて行くのだ。
救護テント内の治療師たちは、急に治癒魔法の効きが良くなり目を丸くしていた。
「これはスゴイ! "花の令息"に何ができるのかと、思っていたが…」
王都の貴族たちにとって、"花の令息"とは繁栄の象徴ではあるが、神殿の祭祀に参加するのも形だけで…
実際は王家のお飾り的存在だという認識しか無かった。
「見て下さい、瘴気に犯されて出来たあざが薄くなってゆきます!!」
「コレは女神の祝福です!! ここにいる騎士たちを生きたまま、王都に返せるぞ!!」
治療師たちは涙を浮かべて喜び合った。
「最初から"花の令息"をここに読んでくれれば良かったのだ!!」
「でも、あの方は王太子の婚約者に暴力を振るって、性奴隷に落とされて、北方に流刑になっていたのではないですか?」
そんな人間が、こんな危険な場所へ来て、ケガ人の為に祈りを捧げたりはしないと…
その場にいた全員が王太子を疑った。
「"花の令息"と言うのは女神の神託で選ばれると聞くが… 本当に、あの方は女神に選ばれた存在なのか?」
テントの中から光の粒の中心で、祈りを捧げるリヒトの華奢な背中を見て、間違いなくリヒトは、女神の使いなのだと悟る。
プファオ騎士団の騎士たちが1人づつ、順番に負傷した騎士たちを運び、祈りを捧げるリヒトの周りに寝かせて行く。
リヒトの周りに寝かされた騎士たちは、光の中のリヒトを一心に見つめていた。
「本当にすごいなぁ… 兄上は」
聖水を救護テント内に運び込むのを終え…
ぽつり… ぽつり… とつぶやくヴァルムの頭を、シルトががしがしと撫でた。
「ヴァルム、お前も今からすごいことをやりに行くんだよ! ボヤボヤするな!?」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、シルトは自分の腰に装着した大剣の柄を、トンッ… トンッ… とたたきギュッ… と握りこんだ。
「はい、義兄上!!」
へらっ… と笑うヴァルムは背中に装着した、ゲヴィターの斧をパチンッと音を立てて外し、得意げな顔をして手に持った。
実の父や、兄よりも、義理の兄弟たちは妙に気が合うようである。
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