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130話 女神の導き
しおりを挟む無事にプファオ公爵家の親族たち("花の令息"のオマケ付き)を救出し、プフランツェ侯爵家にたくし終え、シルトたちが大神殿へ戻った時には、空が白み始めていた。
リヒトたちの祭祀はまた続いていて…
シルトも再び祭祀に参加しようと、リヒトの後ろにそっと着くと、リヒトは器用に祈りを捧げながら背後のシルトに向かって手をのばした。
「全員無事にプフランツェ侯爵領へ送った… 安心しろ」
キュッ… とシルトは細い手を握り返し、リヒトの耳元でひそひそと昨夜の成果を報告した。
瞳を閉じたままリヒトはコクリッ… とうなずき、にじみ出した涙をぬぐい、再び祭祀に没頭する。
若い夫婦の仲睦まじい様子に、大神官ヴァッサーファルは目元のシワを一層深くして微笑む。
祭祀がようやく終わったのは、昼を過ぎた頃だった。
リヒトがとり行った祭祀が終った直後である。
神殿中が女神の光で輝き、共に祭祀に参加した神官たちは感嘆の声をもらすが…
シルトと側近たち、タイヒにヴァルムも、シュネー城塞の神殿で見た光景に比べると、いささか迫力に欠ける気がしていた。
女神の円環の中で座ったまま、シルトは神殿の高い天井を見上げると…
丸い天窓から差し込む陽光と、女神の光の粒が戯れるようにフワフワとただよい、不思議な光景をかもし出していた。
「やはり輝きが淡いな…」
少々不謹慎ではあるが… リヒトを膝の上に乗せ、ぽつりとシルトがこぼす。
プファオ公爵、捕縛の報を聞いて以来、まともな睡眠をとっていない状態で長時間の祭祀をとり行い、リヒトはぐったりと疲れ切っていた。
「これが精いっぱいです、この輝きもすぐに消えてしまうでしょうね…」
シルトに凭れかかり、リヒトは赤金色の瞳を閉じて、深い眠りに落ちる寸前だ。
「だが、良い聖水は出来たのではないか? これで何人かの騎士を助けられる」
「はい… ふふふっ… そちらは確かに完璧だと思います」
神官たちがさっそく瓶に詰めて、魔窟の森の前線で戦う騎士たちの元へ送るそうだ。
身体からふぅっ… と力が抜けて… リヒトはシルトの膝の上で小さな子供のように、眠りに落ちた。
スーッ… スーッ… と気持ち良さそうな寝息が聞こえて来るまで静かに見守り…
側近たちが毛包を重ねて作った神殿のすみの寝床に、シルトはそっとリヒトを寝かせ、自分が着ていたマントを身体にかけ、頬にキスを落とす。
「たくさん眠れ、リヒト…」
隣に腰を下ろし、シルトも仮眠を取ることにした。
柔らかいベッドで眠らせてやりたいが、神殿を出てベッドがある場所に運ぶまでに、リヒトが起きてしまいそうだから、妥協したのだ。
リヒトは自分の父親が処刑されると聞いたのである。
いくら気丈に振る舞っていても、生真面目で優しいリヒトが、自分だけのんびりと眠っていられるわけが無く、ずっと気を張り続け…
シルトと旅の同行者たちは、壊れるのではないかと、心配していたのだ。
その点ヴァルムは、緊張が頂点に達すると、眠気に襲われどこででも、コトリッ… と眠ってしまい、お目付け役のタイヒは難儀している。
ヴァッサーファルが側近に支えられ… リヒトとは反対側のシルトの隣に腰を下ろした。
「リヒトはどうですかな?」
「ようやく眠ってくれて、安心しました」
リヒトの眠りを妨げないように、シルトは声を落として話す。
「ふむ… この子は優しいから、正直に言うと… 王妃には向いてないと思っていたのですよ、何せ夫となるのが、あの王太子でしたからなぁ…」
「ああ、あれはダメです! 王の器どころか、性根の腐ったウジ虫ですよ」
不敬罪に出来るものなら、やってみろとでも言うように、王太子を憎々し気に貶すシルトに…
ヴァッサーファルは、顔をくしゃくしゃにして、ニヤニヤと笑った。
3
今回はドイツ語にお世話になりました。 リヒト→光 プファオ→孔雀 シルト→盾 シュナイエン→雪が降る フリーゲ→ハエ ギフト→毒 ドウルヒファル→下痢 シュメッターリング→蝶 シュピーゲル→鏡 ナーデル→針 ゾネ→太陽 ヴァルム→暖かい スマラクト→エメラルド ドイツ語が分かる方、ごめんなさい! きっと吹き出してしまったでしょうね(-_-;) 私はドイツ語、全然わかりませんが…ココまで読んで下さり、ありがとうございます、楽しんで頂ければ幸いです☆彡
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