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109話 蜜月が明けて2

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 言いよどんでいた神官長シュピーゲルは、重い口を開いた。

「実はシルト様… 大神官ヴァッサーファル様から、リヒト様に王都へ秘密裏に来て欲しいと、救援要請をされたのです…」
 夫のシルトはリヒトを溺愛するあまり、怒り狂うのではないかと、シュピーゲルは慎重に説明した。

「救援要請だと?! いくらヴァッサーファル殿でも… 流刑になったリヒトを呼び戻すだと?!」
 シュピーゲルの予想通り、シルトは怒気を放った。

 再び王都にリヒトが向かうのは、命を危険に曝すことになるのだから、シルトの怒りも当然である。

 
 チラリとシュピーゲルと視線を合せ、リヒトは扉に視線を移し… シルトと2人にして欲しいと目顔で訴えた。

 シュピーゲルはリヒトの気持ちを察して、黙って自分の執務室から退出する。


「シルト様、どうか落ち着いて下さい」
 怒るシルトの袖を指先で掴み、つんっ… つんっ… と引っ張ると… リヒトはなだめるように微笑んだ。

「リヒト! 王都に行くと、言うなよ?!」
 自分の袖を引くリヒトの手をつかんで引き寄せると、シルトは胸の中に抱きこんだ。

「でもシルト様… 王都の騎士たちだけでは魔獣と瘴気に対応できず、大勢の民が亡くなっているそうです」
 王都周辺にいくつか点在する村のうち、魔窟の森に近い3ヶ所が、すでに瘴気に飲み込まれ全滅していた。

 暖かい胸に顔を埋め、リヒトはシルトの広い背中に腕を伸ばし、ギュッとしがみ付くと…
 深呼吸をして、胸いっぱいにシルトの匂いを吸い込んだ。

「だがリヒト、王都には2人の"花の令息"たちがいるのだろう? お前が行く必要など無いはずだ!」
 優しくて生真面目なリヒトが心配で… 胸の中の華奢きゃしゃな身体を、シルトは逃がさないようにしっかりと抱き締めた。

「私だって王都になど、行きたくはありません… ですが王都の"花の令息"たちは1度も祭祀を行っていないそうなのです、父親の2公爵が祭祀をいまだに軽んじているからです、このままでは本当に滅んでしまいます」
 リヒトの閉じた瞳から涙がにじみ、シルトの質素な騎士服を濡らした。

「滅んでも良いではないか! お前をおとしいれて追い出した王都の連中など!!」
 リヒトの気性を良く知るシルトは、心変わりはしないと分かっていても…

 説得を試みた。

「王都には… 父上と母上がいます、それに神殿には私が幼き頃からずっと親切にしてくれた神官の皆様、お優しい国王陛下… 恐らく滅びると分かっていても、誰も王都を離れないでしょう」
 脳裏に浮かぶ両親、そして大切な人たちを、リヒトは失うかも知れないという恐怖が、身体を強張らせた。

 リヒトの怯えを感じ取り、シルトはため息をつくと、背中を大きな掌で何度も撫で…

「そうだな、お前と同じ心清き人々は、最後の一瞬まで国の為、民の為に尽力じんりょくするだろう」
 やっぱりダメかと、説得を諦め、シルトは惚れた弱みで譲歩した。 
 
「許してください、シルト様… 私は王都へ行きます、出来ることは少ないですが、大切な人たちを見殺しには出来ません」
 顔を上げてシルトを見つめ、赤金色の瞳から涙をこぼし… 仕方ないですよねと、リヒトは困った顔で笑った。

「私達の結婚の報告をプファオ公爵… いや、義父上にするついでに、他の用事も簡単に済ませてしまおう!」
 泣いて赤くなったリヒトの耳にキスを落とし、シルトは苦笑いを浮かべた。

「ふふふ… やっぱりシルト様は、頼りになりますね! 一緒に王都へ行ってくれなかったら、どうしようかと思っていたところです」
 感謝の気持ちを込めて、リヒトは背伸びをして、シルトの顎にキスをする。

「愛する妻に行きたいとねだられれば、何処にだって、私自身が連れて行くに決まっているだろう?」


 涙で濡れたリヒトの頬を、シルトは荒れてかさついた指先で拭い、小さな唇にキスを落とした。





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