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98話 リヒトの治療2
しおりを挟む「呼吸は… 口から風を送ってみてはどうだろう?」
風魔法の使い手であるシルトの叔父(ヘルムの父)が声をかけた。
顔の左側半分に爛れたような古い瘴気の痕が残り、左手と左足を失っていたが、魔法の腕は亡くなった先代辺境伯よりも上で、今も健在だった。
「風魔法!? お願いします!! お腹に風が行かない様に胸がふくらむか確認しながらお願いします」
スマラクトがリヒトの顎を上げ口を開くと…
シルトの叔父は重臣のヘルプストに背中を支えられ、残った右手をリヒトの顔の上にかざし、胸がふくらむように少しずつ風を送る。
「素晴らしい!! 実に良い腕をしておられる!」
感嘆するスマラクトに、シルトの叔父は照れ笑いを浮かべる。
「さて、この血をどうやって身体に入れますかな?」
シュピーゲルが、宙に浮かせた大量の血の塊をながめながら考え込む。
「ナーデルのように矢を作ってはどうだ? 針のような細い矢を」
シルトの提案に、シュピーゲルは宙に浮かべた血の球の端を針のように細く尖らせて見せる。
「その針をこの腕の中の血を通す菅に刺して入れられますか?」
スマラクトの指示通り、徐々に徐々にシュピーゲルはリヒトの身体に血液を戻して行く。
神官が学校で1番に学ぶのは正確な魔力操作であり、その点では優秀な神官は、上級騎士たちにも引けを取らないのだ。
「上手いですね… というか、今まで治療は治癒魔法が使える者しか行わなかったのですが、こうして色々な魔法の特性を持った上級の魔法士が参加することで、治療の幅が広がりそうですね」
だが、苦心してシュピーゲルが血液を身体に戻しても…
シルトの叔父が汗をかきながら肺に風を送っても…
リヒトが目覚めることは無かった。
「シルト様… 申し訳ありません」
「クソッ…!! リヒト、頼む!」
シルトは再びリヒトの頬をたたき始めた。
「そんな、兄上!! 兄上―――っ?!!!!」
スマラクトの背後から弟のヴァルムが叫び声を上げた。
場所を譲りスマラクトが後ろに下がると、ヴァルムはリヒトの肩をつかみ揺さぶった。
普段ならば静寂が支配する祈りの中心、女神の円環で、ただならぬ気配が漂っているのが気になり、興味深々でヴァルムは様子を見に来て、床で眠る兄リヒトを見つけたのだ。
今までヴァルムは、魔獣退治で一緒に組んでいた、負傷したカルト騎士団の下級騎士に付き添っていた。
その騎士の面倒を見ようと、見習い治療師のトラウムを手伝いながら、救護院から神殿まで付いて来たのだ。
「スマラクト様!! どうか、お願いします!! 兄上を助けて下さい、お願いします!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚したヴァルムが懇願するが、スマラクトは顔を横に振った。
「すまない! 来るのが遅すぎたよ… もう少し早ければ、弱くとも心臓の拍動が止まっていなければ、何とかなったのだが」
「そんな! ひどいよぉ!! 兄上―――っ!! 絶対に許しませんから!! 母上に何と伝えれば良いのですか?! 狡いですよ兄上!!! 兄上――っ!!!!」
怒りを爆発させ、癇癪を起したヴァルムは、小さな稲妻を身体から次々と発生させた。
プファオ公爵家の血筋の者に、共通する悪癖である。
神殿中をヴァルムから放たれた小さな稲妻が、生き物のように走り回り…
その場にいた人々全員の身体を稲妻が通り抜け、次々と痺れさせ、悲鳴を上げさせた。
「うわわっ!!」
「ひゃあぁ―――っ!!」
「痛ってててぇ!!!」
シルトも、シュピーゲルも、スマラクトも、床に寝かされていたリヒトも例外なく…
バリバリとヴァルムの稲妻が身体の中を通り抜けた。
「ヴァルム!! 稲妻を抑えろ!! クソッ… うううっ… これでは神殿中の者が死にそうだ!」
腹の傷を抑えながら、シルトがわめいた。
「落ち着きなさいヴァルム君! 君は雷の魔法の使い手だったのですね? こ… これは凄い… 痛ったたたたた…! 初めて見ました…」
痺れを我慢して、スマラクトはヴァルムをなだめようとするが…
「兄上の方がもっと、すごいのですよ!? うううっ… 兄上、なぜ死んでしまったのですか――っ!」
リヒトにすがって号泣するヴァルムの手を、誰かが撫でた。
「よし… よし… 泣き虫…だ…なぁ…」
かすれた声で、リヒトはヴァルムをなだめた。
シルトを含め、神殿にいた全員が… ギョッ… と、その場で飛び跳ねた。
どうやら、奇跡が起きたらしい。
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