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96話 狂人の叫び
しおりを挟む最初に気が付いたのはリヒトだった。
「お止めください、ナーデル様!!」
リヒトはナーデルを見て、叫び声を上げた。
「・・・っ!!」
背後から殺気を感じたシルトは、振り向きざまに剣を抜き… ナーデルが放った水の矢を、とっさに切り上げ剣圧で吹き飛ばした。
いくらナーデルが魔法は不得意とはいえ、至近距離からの攻撃である。
シルトは水の矢を、半分しか防ぎ切れなかった。
「うくっ…!!」
防げなかった水の矢は、細く威力が弱くとも充分な殺傷力があり…
ナーデルとリヒトの間に、盾になるよう立ち塞がったシルトの腹を、2本の水の矢が突き抜ける。
「死ね! 死ね!! 死ね―――っ!!!!」
狂人と化したナーデルは叫びながら、2射目を放とうと、体内の魔力を集めて再び水の矢を作り出す。
「ナーデル―――ッ!!」
迷わずシルトは、ナーデルが次の攻撃を放つ前に… 剣でナーデルの胸を刺し貫いた。
「ハッ…クゥ…ッ…!!」
シルトに刺されたのが信じられないという目で… ナーデルは剣で突き刺された自分の胸を見下ろす。
カアッ… と頭に血が上った状態のナーデルは…
憎いリヒトとシルトを殺すことに夢中になり、自分も殺される可能性があるとは、考えつかなかったのだ。
「バカ野郎!」
罵りながらシルトは素早く剣を引き抜き、ナーデルが膝から崩れ落ちる姿を見届けずに…
リヒトが心配で振り返る。
「…リヒト?!」
「・・・・・・」
驚愕の表情で口を開き、リヒトは何かを言おうとしているが、赤金色の瞳を大きく見開きシルトを見つめるばかりだった。
美しい純白の神官服が、胸を中心に真っ赤に染まって行き…
自分の腹を貫いたナーデルの矢が、リヒトの胸まで届いたのだとシルトは知る。
激しいナーデルの憎しみが、執念で水の矢の強度を上げたのだろう。
「リヒト―――ッ!!!!」
ガンッ…! と派手な音を立て、石床に剣を捨てると… シルトは自分のケガも忘れ、リヒトを抱きとめる。
赤い染みは見る見るうちに上衣に広がり、ポタポタと白い石床へと血が滴り落ちて行く。
女神の円環に施された優美な花模様の彫刻が、リヒトの血液を吸い、赤く咲き誇って見える。
「クソッ!!! …リヒト!!」
冷たい床にリヒトを寝かせ、シルトは孔雀色の髪を丁寧にはしに寄せ、小さな頭の下へ脱いだ上着を丸めてそっと入れた。
「シルト様、これをお使いください!!」
血があふれ出すリヒトの胸に、重臣のヘルプストから渡された、布製の襟巻を押し当て、血を止めようとするが、床に咲くリヒトの血液の花は、大きく、大きく、広がって行くばかりだ。
「スマラクトを!! 誰かスマラクトを呼べ―――っ!!」
シルトが大声で叫ぶと…
「ちょうど救護院から負傷者を連れて、こちらへ向かっている途中です! 急ぐよう、幻鳥を飛ばします!!」
フォーゲルが上からのぞき込み、シルトに答えた。
「私は神殿の外へ! スマラクト殿を迎えに出ます!!」
バタバタと足音を立てて、シュピーゲルが神殿を駆けて行く。
キラキラと輝いていたリヒトの瞳が、ボンヤリと虚ろに天井を見上げていた。
「ダメだしっかりしろ!! リヒト、私を見ろ! 頼むから私を見るんだ!!」
必死でリヒトに呼びかけ、シルトが懇願すると…
赤金色の瞳が動きシルトと目が合うが、すぐに目蓋を閉じてしまう。
大量の血液を急激に失い、意識を失ったのだ。
「リヒト―――ッ!!!」
リヒトが心配で静まり返った神殿に、シルトの悲痛な叫びが響き渡る。
5
今回はドイツ語にお世話になりました。 リヒト→光 プファオ→孔雀 シルト→盾 シュナイエン→雪が降る フリーゲ→ハエ ギフト→毒 ドウルヒファル→下痢 シュメッターリング→蝶 シュピーゲル→鏡 ナーデル→針 ゾネ→太陽 ヴァルム→暖かい スマラクト→エメラルド ドイツ語が分かる方、ごめんなさい! きっと吹き出してしまったでしょうね(-_-;) 私はドイツ語、全然わかりませんが…ココまで読んで下さり、ありがとうございます、楽しんで頂ければ幸いです☆彡
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