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93話 説得2
しおりを挟む「王都のフロッシュと言う人です!」
「ああ、その方なら知っています… 何度かお会いしたことがあるから、私の印象では悪い方では無いよ? 結婚すればお前を大切にしてくれるだろうし、1度会ってから考えてはどうだい?」
「そんなの嫌です!! それならシルト様の妾になった方が、余程、ましです!!」
頼みの綱だったフォーゲルにまで裏切られたと、ナーデルは睨みつけた。
「お前は結婚に何を求めているんだい? フロッシュ老人となら、望みを1つか、2つ、叶えてやれば後は自由に生きられるのだよ?」
フロッシュ老人の目的は、自分が稼いだ莫大な財産を自分の血を継ぐ子に渡したいだけなのだ。
とても裕福だがベータで魔法の素養が無く、魔法が使えない平民のフロッシュ老人は… 恐らく魔法が使える、貴族になれる子が欲しいのだろう。
(魔法が使えれば、貴族と結婚し貴族籍に入ることが出来る)
老い先短い相手ならば、結婚生活も長くは続かないと、フォーゲルは暗に言っているのだ。
まだ若く、人一倍身体が頑丈で、騎士としても有能なシルトは、ゾネのように簡単に魔獣退治で命を落とすことも無い。
そんなシルトの妾になどなれば… 一度も触れられることも無く、孤独と屈辱でナーデルが長く苦しむことになるのは、目に見えていた。
「絶対に嫌です! 商人に嫁ぐなんて!」
かたくなに拒絶するナーデルをなだめる言葉が、フォーゲルの口からはこれ以上、出なかった。
未亡人のナーデルに良い縁談はもう望めないのだから、妥協するしかないと…
あまりにもナーデルが不憫で、フォーゲルには言えなかった。
フォーゲルとナーデルの視界に、当のシルトがあらわれた。
一心に祈り続けていたリヒトが、夫の気配を感じたのか、顔を上げシルトを見つけると、幸せそうに微笑んでいる。
「シルトは諦めなさいナーデル… たとえ奴隷の地位にあってもリヒトが"運命の番"なのは間違いなさそうだ、そんな2人の間に割って入ってはいけないよ?」
フォーゲルは、熱心に見つめ合う息子夫婦から、悲しみを分かち合った、ナーデルへと視線を移した。
ナーデルの… 恐らくは、"運命の番"だったゾネは… もう1人の息子は… もうこの世にはいない。
それを思うと、フォーゲルは強い胸の痛みを感じ、無意識に苦しそうに拍動する心臓の上に手を当てた。
「・・・・・・」
ギリギリとナーデルは歯ぎしりをして、シルトとリヒトを睨み付ける。
自由や幸せよりも、辺境伯夫人の地位に囚われた、今のナーデルの心には、何を言っても届かないのだと…
フォーゲルもシルトは諦めろと説得するのを止め、ため息をつきながら石床で眠る騎士たちの元へ戻った。
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