辺境に捨てられた花の公爵令息

92話 説得

　ひざまずいたフォーゲルの側で、神殿の石床に寝転がり、負傷したせいで体力を消耗しぐっすり眠る騎士たちを、チラチラと見下ろしながらナーデルは口を開いた。

「フォーゲル様お話があります」

「城主館で何か問題でも起きたのかい？」
　緊張し顔を強張らせたナーデルの様子に、フォーゲルは眉間にシワを寄せた。

「いいえ…　城主館ではなくて、実家から連絡が届いて…」

「向こうで話しましょう」

　騎士たちの様子を後でスマラクトに報告するため、フォーゲルは眠る騎士たちから離れることは出来ないが…
　ナーデルが何を話したいのかを察して、フォーゲルは熟睡する騎士たちが見える、太く立派な石柱の陰にひとけの無い場所を見つけ移動した。


「それでカルロ伯爵は、何と言って来たのですか？」
　祈りの場である女神の円環は、神殿の何処からでも見えるようになっており、フォーゲルはナーデルの話を聞きながら、視線を引き寄せられるように、祈りを捧げるリヒトの姿を見ていた。

「フォーゲル様、どうかシルト様を説得してください！　私なら辺境伯夫人の役目を立派に果たすことが出来ます、今まで私はフォーゲル様を手伝って来たのですから！」
　自分の話を聞きながら、フォーゲルが誰を見ているかに気付き、ナーデルも忌々しそうにリヒトを見た。

「いくらシルト様が望んでいても、奴隷と結婚などしたら、シュナイエン辺境伯の名が汚れます、あの子は妾に留めるようにと説得してください！！」


　懇願するナーデルの言葉に、フォーゲルは違和感を感じ取った。

「ナーデル…？　お前もしかしてまだ知らないの？」
　リヒトからナーデルへと視線を移し、フォーゲルは驚いた顔をする。

「知らない？　何がですか？」

「ああ…　そうか！　祭祀には出なかったから知らないようだね？　昨日のうちにシルトとリヒトは結婚を済ませているから、今さら、覆くつがえすことは出来ないよ」

　額を抑え目頭をもみながら、フォーゲルはプファオ公爵と大神官ヴァッサーファルが特別結婚許可証を用意したことなど、ナーデルがまだ知らない情報を伝えた。

　奴隷の地位にあるリヒトに対する一般的な見え方など、当のシルトが１番理解していて、そうならない様に、準備し最善を尽くしていると…
　それ程シルトはリヒトを愛しているのだと、フォーゲルはナーデルに語った。


「何ですって？！」

「重臣や領民たちの前で神官長がとり行った、だからナーデル…　お前がいくら反対しても遅いのだよ？　シルトは諦めなさい、お前はまだ若くて綺麗なのだから、お父上が良い殿方を探してくれるはずだから」
　哀れな子供を諭すように、フォーゲルはナーデルに言い聞かせた。　

「そんな…！　父上は年老いた商人に私を売る気なのですよ？！」
　悲鳴を上げるように、ナーデルはフォーゲルに言いつのるが…


「相手はどなたか分かる？」


　

　癇癪かんしゃくを爆発させそうになるナーデルの相手には慣れたもので…

　フォーゲルは落ちついて相手をした。