辺境に捨てられた花の公爵令息

83話 祭祀の影響２

　フォーゲルが付き添い、負傷した騎士たちを神殿へ移す為の馬車を見送った後、救護院の前で…
　魔獣退治の真っ最中に、不謹慎ではあるが、スマラクトは楽し気に声を立てて笑った。


「本当に…　こういうのを奇跡と呼ぶのでしょうね！」
　見習い治療師のトラウムが、血で汚れた手を聖水で濡らした布で綺麗に拭き清めながら…
　騎士を見送ったスマラクトの隣に来て、瞳を輝かせ感嘆した。

「いつもなら諦めていたケガ人を、試しに神殿に送ったら、あっと言う間に魔毒の呪縛から解放され、瘴気を祓って救護院にピンピンとした姿で帰って来たのには、流石に自分の目を疑いましたね！」
　少し前に見た光景を再び思い出し、スマラクトは首を振りながら、また笑った。

　運び込まれた時は、ワーウルフに腕を半分噛み切られ、瀕死の重傷で救護院の床に寝かされ、うなっていた騎士が、神殿から戻ると…
　もっと手柄を立てたいからと、救護院に置き忘れていた自分の剣を持って、聖水と同じキラキラと輝く女神の光をまとった姿で、騎士は再び魔獣退治に出て行ってしまったのだ。

　
　そんな騎士たちに…

『今度は気を付けて！　慎重にお願いしますよ！！　血が足りなくなりますからね？！』

　スマラクトたちは声を掛けて、何人も送り出した。

　信じられないことだが…
　救護院に運び込まれた負傷者たちの中で、今夜はまだ、1人も死んだ者はいない。


「トラウム君、私たちはね…　このシュネー城塞の歴史が変わる瞬間を、見ているのだよ！」
　ニコニコと笑い、嬉しくて堪らないという顔で…　スマラクトはトラウムの肩を、トンッ…　トンッ…　とたたいた。

「スマラクト様！！　新たに負傷者が３人来ます！！　…あと聖水が切れそうです、どうしましょう？！」
　助手に呼ばれて、スマラクトは慌てて救護院の中に戻って行く。

「大丈夫だよ！　フォーゲル様に、持ち帰るよう頼んだから、新しい聖水はすぐに来るよ！　それも祭祀中の神殿で作られた、飛び切り強力な聖水がね！！」

「スマラクト様！　あんまり張り切り過ぎて、転ばないで下さいよ？！」
　バタバタと慌てて戻る上司のスマラクトが、無理をして魔力切れ寸前まで治療するのを…
　トラウムは知っているからこそ、注意するのだ。

「分かっているよ、トラウム君！　私は君よりもずっと年上なのだから、そんな風に私を子供扱いするのは止めなさい！」
　年上の上司だろうが、尊敬する治療師長だろうが、トラウムには、言わなければならない、理由がある。

　熱心に治癒魔法を使い過ぎて、魔力切れ寸前で、ヨレヨレになったスマラクトは…
　真っ直ぐ自力で立ていられず、よく転んで綺麗な顔に、ケガをする。

「そう言いながら、いつも何も無いところで、スマラクト様は転ぶでしょう？」

　そして…　

　何故かそのことで、しっかり面倒を見ろと、周りから責められるのはトラウムだった。