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82話 祭祀の影響 スマラクトside
しおりを挟むキラキラといつもより数倍増しで輝く聖水を、負傷して運び込まれ、床に寝かされた騎士の傷に、フォーゲルは女神への祈りを捧げながら、じゃぶじゃぶと惜しみなく振りかけた。
あっと言う間に、魔獣から受けた魔傷からあふれ出した瘴気が、消え失せてしまう。
だが、傷は深く奥にまだ魔獣の強力な、魔毒が残っていて… これ以上は聖水をどれだけ使っても、浄化するのは難しい。
放置すれば魔獣の毒は、身体の奥深くで広がり、再び瘴気があふれ出すだろう。
「フォーゲル様!! この騎士も、神殿へ送って下さい!!」
治療師長のスマラクトは治癒魔法をかけ、手際良く応急処置で、肉体的な傷だけを治療して出血を止める。
「分かりました!」
血で汚れた手を、聖水で濡らした布で拭きながら… スマラクトの要請を、フォーゲルは引き受けた。
城主館からフォーゲルと共に救護院に手伝いに来た使用人たちが、人1人を乗せるのに丁度良い板を、床に寝かされた騎士の横に置き…
血で汚れたシーツごと、そっと騎士を板に乗せ、外で待つ馬車へと運んだ。
「女神と新しい辺境伯夫人リヒトに、心から感謝をしなければ、いけませんね!」
フォーゲルは微笑みながら、負傷した騎士が凍えないように身体に毛布をかけた。
「ええ、本当にシルト様は、良い方を妻にされましたね、早くお会いしたいものです、"花の令息"に」
<シルト様の結婚相手のことなど、健康ならば誰でも良いと思っていたけど… ナーデル殿には悪いが、たとえ奴隷でも、"花の令息" を迎え入れられたことは大きい!>
今までならば、瘴気が漂う中で効きにくい治癒魔法を、スマラクトたちは魔力を振り絞ってかける為に…
負傷者全員に治癒魔法をかけることが出来なかった。
傷の深さで、泣く泣く命の選別をするしかなかったのだ。
だが… 今夜は、今までの夜とは違う。
「どうか彼らを、すぐに回復させてやって下さい!」
フォーゲルが付き添って、馬車で神殿へと運ばれてゆく騎士たちを、女神に祈りを捧げながら、スマラクトは見送った。
今までは… たとえ神殿に負傷者を移して、神官たちに祈りを捧げてもらっても…
聖水と同じく表面の瘴気しか浄化出来ず、体内の奥深くまで入り込んだ魔毒には、ほぼ効き目は無かった。
たった今、送り出した騎士のような深い傷を負ってしまっては、手の施しようもなく、最後は自分の体内に残った魔毒からあふれ出した瘴気によって、体力を奪われ苦悶の末に命を落として行くのだ。
だが、今夜は神殿で"花の令息" が大きな祭祀、"流れ正しの儀" をとり行うことでシュネー城塞中の瘴気が綺麗に浄化されていた。
お陰で、聖水を霧にして、空気中に散布しなくても、治癒魔法の効き目は、目を見張るほど良い。
負傷者全員に、強力な聖水と治癒魔法の治療が出来るのだ。
命の選別をする必要が無くなり、心の負担が減った治療師たちは…
どれだけ忙しくとも、陰鬱な表情を浮かべずに、仕事を出来ることが、何よりもありがたかった。
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