上 下
84 / 178

82話 祭祀の影響 スマラクトside

しおりを挟む

 キラキラといつもより数倍増しで輝く聖水を、負傷して運び込まれ、床に寝かされた騎士の傷に、フォーゲルは女神への祈りを捧げながら、じゃぶじゃぶと惜しみなく振りかけた。

 あっと言う間に、魔獣から受けた魔傷からあふれ出した瘴気が、消え失せてしまう。

 だが、傷は深く奥にまだ魔獣の強力な、魔毒が残っていて… これ以上は聖水をどれだけ使っても、浄化するのは難しい。

 放置すれば魔獣の毒は、身体の奥深くで広がり、再び瘴気があふれ出すだろう。

「フォーゲル様!! この騎士も、神殿へ送って下さい!!」
 治療師長のスマラクトは治癒魔法をかけ、手際良く応急処置で、肉体的な傷だけを治療して出血を止める。

「分かりました!」
 血で汚れた手を、聖水で濡らした布で拭きながら… スマラクトの要請を、フォーゲルは引き受けた。



 城主館からフォーゲルと共に救護院に手伝いに来た使用人たちが、人1人を乗せるのに丁度良い板を、床に寝かされた騎士の横に置き…
 血で汚れたシーツごと、そっと騎士を板に乗せ、外で待つ馬車へと運んだ。

「女神と新しい辺境伯夫人リヒトに、心から感謝をしなければ、いけませんね!」
 フォーゲルは微笑みながら、負傷した騎士が凍えないように身体に毛布をかけた。


「ええ、本当にシルト様は、良い方を妻にされましたね、早くお会いしたいものです、"花の令息"に」
<シルト様の結婚相手のことなど、健康ならば誰でも良いと思っていたけど… ナーデル殿には悪いが、たとえ奴隷でも、"花の令息" を迎え入れられたことは大きい!>

 今までならば、瘴気が漂う中で効きにくい治癒魔法を、スマラクトたちは魔力を振り絞ってかける為に…
 負傷者全員に治癒魔法をかけることが出来なかった。

 傷の深さで、泣く泣く命の選別をするしかなかったのだ。

 だが… 今夜は、今までの夜とは違う。


「どうか彼らを、すぐに回復させてやって下さい!」
 フォーゲルが付き添って、馬車で神殿へと運ばれてゆく騎士たちを、女神に祈りを捧げながら、スマラクトは見送った。

 今までは… たとえ神殿に負傷者を移して、神官たちに祈りを捧げてもらっても…
 聖水と同じく表面の瘴気しか浄化出来ず、体内の奥深くまで入り込んだ魔毒には、ほぼ効き目は無かった。 

 たった今、送り出した騎士のような深い傷を負ってしまっては、手の施しようもなく、最後は自分の体内に残った魔毒からあふれ出した瘴気によって、体力を奪われ苦悶くもんの末に命を落として行くのだ。

 だが、今夜は神殿で"花の令息" が大きな祭祀、"流れ正しの儀" をとり行うことでシュネー城塞中の瘴気が綺麗に浄化されていた。

 お陰で、聖水を霧にして、空気中に散布しなくても、治癒魔法の効き目は、目を見張るほど良い。
 
 負傷者全員に、強力な聖水と治癒魔法の治療が出来るのだ。



 命の選別をする必要が無くなり、心の負担が減った治療師たちは…

 どれだけ忙しくとも、陰鬱いんうつな表情を浮かべずに、仕事を出来ることが、何よりもありがたかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり
BL
 子供の頃に辺境を去った、親友ラズが忘れられない狩人シタン。ある日、釣りをするために訪れた小川で出会った美丈夫の貴族に、理不尽な罪を着せられてしまう。 「腕を斬り落とすか、別の対価を払え」 「……あの、対価というのは」 「貴様の体だ」 「はっ?」  強引執着攻め→無自覚鈍感受け。強姦から始まる割には悲壮感がありません。18禁が含まれる話には※が付きます。  ★番外編完結しました。領主視点の重い展開。本編とは別物テンションです。序盤に女装、虐待の描写があります。苦手な方はご注意ください。

【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ
BL
第11回BL小説大賞、奨励賞を頂きました!ありがとうございます! ヤンバルクイナのヤンは、英雄になった。 臆病で体格も小さいのに、偶然蛇の野盗を倒したことで、城に迎え入れられ、従騎士となる。 仕える主人は騎士団長でハシビロコウのレックス。 強面で表情も変わらない、騎士の鑑ともいえる彼に、なぜか出会った時からお辞儀を幾度もされた。 彼は癖だと言うが、ヤンは心配しつつも、慣れない城での生活に奮闘する。 自分が描く英雄像とは程遠いのに、チヤホヤされることに葛藤を覚えながらも、等身大のヤンを見ていてくれるレックスに特別な感情を抱くようになり……。 強面騎士団長のハシビロコウ‪✕‬ビビリで無自覚なヤンバルクイナの擬人化BLです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される

ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...

皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ
BL
テオクウィントス帝国では、 アルファ・べータ・オメガ全階層の女性のみが感染する奇病が蔓延。 特効薬も見つからないまま、 国中の女性が死滅する異常事態に陥った。 未婚の皇帝アルベルトも、皇太子となる世継ぎがいない。 にも関わらず、 子供が産めないオメガの少年に恋をした。

処理中です...