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79話 祭祀
しおりを挟む女神に祈りを捧げるのは、呼吸をするのと同じぐらい、リヒトにとっては当たり前で、普通のことだった。
はずなのに…
<シルト様と結婚してしまった…! 私は本当にシルト様の妻になった!!>
ニヤニヤと、ニヤついて、リヒトの顔は祭祀の最中だというのに、歓喜のあまりゆるみまくっていた。
結婚許可証に署名をする時は、不安でたまらなかったが…
いざ、結婚の儀が無事に終わると、喜びがあふれ出して、あっというまにリヒトの不安を、吹き飛ばしてしまった。
<何が何でも、シルト様を幸せにしないと!! 夫を幸せにするのは妻にとって、1番重要な役目だから!!>
「リヒト様? 集中して下さい!」
祭祀の最中に… 通常なら、まずあり得ないことだが…
シュピーゲルは、こそっ… とリヒトに声を掛けた。
ハッ…! とリヒトは我に返り、慌てて女神への祈りに集中した。
<いけない! いけない!! シルト様の為にもこの祭祀を、何としてもやり遂げないと!!>
心がフワフワとして、ほんの少しでも気を抜くと、リヒトは女神では無くて…
大きな喜びを与えてくれた、シルトに祈りを捧げそうになるのだ。
<さぁ…! 女神の力の川から… 力を引いて順番に小川を作り、この地の隅々まで、女神の祝福を呼び込めるように整えよう!!>
リヒトが祈りに集中し始めた証拠に、キラキラと輝く光が神殿中を徐々に満たしてゆく。
その素晴らしい光景をながめながら、シュピーゲルはホッ… と、ため息をつき苦笑を浮かべた。
城壁上部にある、歩廊の胸壁から、身を乗り出すように、ヴァルムは魔窟の森を睨んだ。
「ワーウルフの群れだ! …トロールもいる!!」
学園で学んだ知識でしか、魔獣を知らないヴァルムは… 実際に魔獣を見たのが初めてだった為、興奮を抑えられずに叫んだ。
「これは厄介ですな… 」
険しい表情で、タイヒはこぼした。
トロールは身体は大きいが、愚鈍で知能も低く、怪力で暴れるだけの魔獣だが…
ワーウルフは人とあまり変わらない大きさで、俊敏なうえに知能が高く狡猾な魔獣である。
魔法が使える経験豊富な上級騎士たちでさえ、少しも気を抜けない、危険な相手だった。
強張った表情のタイヒとは対照的に、シルトは何故かニヤニヤとご機嫌だった。
「シルト様… いい加減リヒト様のことを考えて、だらしなくニヤけるのは、止めて下さい!」
流石のオーベンも、黙っていられずシルトを厳しく、いさめることにした。
「仕方ないだろう? オーベンよく見ろ空を!」
夜空をに指を差して、シルトはカラカラと笑い声を上げる。
「はいはい! 確かにすごいですよね!!」
日が暮れると瘴気が増し、シュネー城塞付近は、毎晩、猛烈な吹雪が吹き荒れるのだが…
今夜は夜空にポッカリと月が浮かび、魔獣の襲撃さえ無ければ心地良い静かな夜だった。
「まさか… この、シュネー城塞で月が見られるとはな! こんなことは生まれて初めてだ!!」
夜空を見上げるのを止め、シルトは城壁の下を見た。
積もった雪がとけ、下から黒い土が現れている。
黒い帯のように見える、雪がとけた大地が、シュネー城塞の外側をぐるりと囲んでいた。
瘴気が薄くなっているのだ。
瘴気に邪魔されずに魔法が使えるとなると…
騎士たちが魔獣への攻撃に使う魔法も、発現する力が大きくなり、魔力の消耗も少なくなるはずである。
「リヒトが言っていた、祭祀がここまでのものだと、お前は想像できたか?」
新妻を思って笑うことの、何処が悪いのだ? と、シルトは誇らしそうだ。
「困った人だ… お願いですから、そのニヤニヤ笑いは何とかして下さいよ? 指揮する人間が、そんな色ボケ顔をしていては、騎士たちが不安になりますからね!」
「分かっているさ! そろそろ下に降りるぞ」
そう言いながらも、やはりシルトはニヤニヤと笑った。
タイヒや側近たちと、簡単な打ち合わせをすると…
城壁を下り城門から外へ出た。
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