辺境に捨てられた花の公爵令息

金剛@キット

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76話 リヒトの本心

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「どうしても、私の妻になりたくないと言うのなら、あきらめるが… 私を少しでも好いているなら、署名をしてくれ!」
 美しい空色の瞳で、真摯しんしに見つめられ、リヒトは言葉を失った。


 騎士服の内ポケットから、シルトは魔石がはめ込まれたペンを出してリヒトに手渡す。

(重要書類の偽造を防ぐためのペンで、一文字一文字書き記すごとに、記入した人間の魔力が記録される仕組みになっていて、専用の魔道具で確認できるのだ)


「好いているなら… ですか?」
 震える声でリヒトは、たずねた。

「そうだ! 私の妻になっても良いという気持ちが、少しでもあるならだ」


 奴隷紋を付けている以上、リヒトは主であるシルトに、嘘はつけない。
(嘘を付けば奴隷紋に組まれた魔法から、焼かれるような苦痛が放たれ、その苦しむ姿を見れば、誰の目にも嘘が明らかになるのだ)


 リヒトは…
 シルトの為に、"妻になってはいけない" と思っていたが…
 シルトの、"妻になりたくない" とは、1度も思ったことは無い。

<せめて、子供が産めたなら…! せめて、つがいになれるなら…!> 
 シルトの妻になりたいという本心を、リヒトは胸の奥深くにずっと沈めていた。


 円形の天窓から、夕暮れ時の金色の光がおごそかに降り注ぎ、床に描かれた女神の円環リングが、咲きほこる大輪の花のように輝いている。

 女神と対話をする祈りの場で、リヒトの心は裸になり…
 日々あふれ出すシルトへの愛情も、切なさも、女神の前では何一つ、リヒトは隠すことが出来ないのだ。

 女神のシンボルが描かれた円環の前に、上着の長い裾を払いながらひざまずき…
 リヒトは静かに両手を組み、短い祈りを捧げた。

 床に結婚許可証を広げると、リヒトは一文字一文字丁寧に署名して…
 魔法のペンとともに、隣で跪きリヒトを見守っていたシルトに、黙って手渡す。


「リヒト、そんなに不安そうな顔をするな! 私たちなら上手くやれるから」
 シルトは今にも泣きそうな、リヒトを勇気づけた。

「本当にシルト様は、私が妻で良いのですか?」
 シルトを不幸にするのではないかと、心配で… 心配で… どうしてもリヒトは、たずねずにはいられなかった。

「なら聞くがリヒト… お前は、私以外の誰かと結婚したいか?」
 屈託くったくなく、晴れ晴れとした顔で、シルトは笑った。

「いいえ、シルト様にお会いしてから、他の誰かのことなど、考えたこともありません!」
 迷いのないシルトの笑顔に、リヒトは戸惑いを隠せない。

「私もお前と同じ気持ちだから、お前と結婚するのだ」
 シルトもリヒトと同じように、許可証を床に広げ、手ばやく署名をした。

 ちょうど背後にいた、オーベンと重臣のヘルプストに、婚姻の見届け人として結婚許可証に署名を頼むと、2人は喜んで署名した。

 見届け人たちが署名するのを見守り、許可証を受け取るとシュピーゲルは、書類に問題は無いかその場で確認し、大きくうなずいた。


「今から、シュナイエン辺境伯シルトと、プファオ公爵家長男リヒトの結婚の儀をとり行います―――!!」
 朗々ろうろうとシュピーゲルが宣言する。


「お前が不安に思っていることは、理解している、大丈夫だ!」
 シルトは跪いたまま、リヒトの手を力強くにぎった。

「シルト様…」

「大丈夫だ!」


 リヒトとシルトのやり取りを見守っていた、神殿中に集まった人々も… ザワつきながら、次々とその場に跪いて行く。




「"女神は地にも空にも、水にもあなた自身の血と肉、汗と涙、魔力にも存在します、けして女神に嘘はつけません! 女神の前では誰もが真実しか語れないのです!"」


 結婚式をとり行うのがとても上手で、美声だと評判のシュピーゲルは…



 魔獣退治までの短い時間で、厳かだが簡潔でサッパリとした結婚式を終え、リヒトは無事、シルトの妻となった。








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