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73話 嫁入り道具
しおりを挟む「そうだ、兄上に父上から預かって来たものが有るのです!」
ヴァルムはプファオ公爵家の紋章が入った布を開き、包んでいた剣をリヒトに手渡した。
「これは… 何て美しいのだろう? 家では今まで見たことが無い剣だね?!」
柄の部分に、大きな孔雀色の魔石がはめ込まれ、精緻な孔雀の装飾が施された、美しい細身の剣だ。
リヒトが使うのに丁度良い大きさの剣で、柄を掴んで鞘から半分ほど抜き、刃を見た。
「ええとですね… 嫁入り道具の1つらしいです、"プファオ公爵家は何時でも兄上と、共にある" という意味らしいですよ?」
元はリヒトが王家に嫁ぐ時に、持って出るはずだった剣なので、ヴァルムはどことなく気まずそうに説明した。
「良い剣だ、良いものを貰ったなリヒト」
シルトは躊躇せず、リヒトの肩を叩いた。
長男をシルトの元に嫁に出すことが決まり、公爵は花嫁道具を送って来たのだ。
何も言わず黙って送り付けた、不器用な公爵の意図に気付き、シルトの笑みがこぼれた。
「息を呑むほど、綺麗な剣でしょう?! 母上なんて父上に初めてこれを見せられた時は、涙ぐんでいましたから…」
誇らしげに剣について、ヴァルムは語った。
「美しいだけでは無くて、これは本当に素晴らしい剣だよ… この魔石の力なんて!」
ヴァルムの説明を聞きながら、魅入られるようにリヒトは剣を見つめ、指先で撫でた。
「魔石に剣の材料、研磨する職人に、装飾を施す職人、剣を打つ鍛冶職人と… 全部、父上自身が国中を捜して選び抜いたそうです! 父上は凝り性だから、この1本を仕上げるのに、4年も費やしたそうですよ?」
「ははっ… 父上らしいな!」
目尻を拭い、リヒトはにじんだ涙を拭う。
余談ではあるが、リヒトの剣を母と一緒に、ヴァルムは公爵に見せられて…
『兄上ばかりズルイ!! 私にも下さい!!』
散々駄々をこねて父にねだり、以前からずっと目を付けていた、プファオ公爵家代々の家宝であり、公爵の書斎にずっと飾ってあった、"ゲヴィターの斧"(大嵐の斧)をまんまと自分のものにした、チャッカリ者の次男である。
ヴァルムの背中に装着した"ゲヴィターの斧" は、優雅なリヒトの剣とは違い…
雄々しくはあるが、質実剛健な印象を受ける形の、職人技を凝縮して作ったような逸品だ。
この斧にも、プファオ公爵家の血筋の者と相性が良い、孔雀色の魔石がはめ込まれている。
「そろそろ、祭祀の時間だ! 神殿へ行こう」
シルトにうながされ、その場にいた全員が、城主館を出て神殿へ向けて歩きだす。
だが、不意にシルトの元へ、魔窟の森を監視する、見張り台からの報告を運ぶ、朱色の幻鳥が舞い降りた。
「やはり、昨夜のトロールは先触れだったようだ… やれやれ、今夜一晩ぐらいは、大人しくしていると思ったのだが、今夜、暴れるクソ野郎の魔獣どもは、非常に短気らしいな!!」
憎々し気にシルトは罵ると、プフアオ騎士団の副団長タイヒとヴァルムは…
同時に、ハッ… と息を呑んだ。
少し前まで微笑んでいた、ノイの顔にも緊張が走る。
「シルト様!?」
心配そうにリヒトが、シルトの袖をつかむと…
「すまないリヒト、祭祀は延期だ!」
見上げるリヒトのなめらかな頬を、シルトは太い親指で撫でながら…
リヒトの不安を拭うように、額にキスを落とした。
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