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70話 神官服
しおりを挟む休息から目覚めたリヒトは、丁寧に身体を洗い清めると、王都で使っていた神官用の服で身を包む。
プファオ騎士団に同行して来た、弟ヴァルムがリヒトの身の回りのものを、公爵邸から運んで来たのだ。
「まさかこの服に… 再び袖を通す日が来るとは、夢にも思いませんでした」
嬉しそうに瞳に涙を滲ませたリヒトは、神官服の手触りを確かめるように、ゆっくりと撫で下ろした。
聖水に10日間浸した糸で織られた純白の生地を使い、リヒトの父プファオ公爵が、特別に仕立てさせたものだ。
一般的な神官たちがまとう、光沢のある柔らかい生地で仕立てられた、裾を床にこするほど長く、祈る姿を美しく見せる為の儀式用神官服とは違い…
プファオ公爵のこだわりで、パリッ… とした硬い手触りの、厚みがあり動きやすく、見栄えよりも騎士服に近い機能的な型である。
何よりも、リヒトの凛とした美しさをより一層引き立てていた。
「良く似合っている! これでは女神ではなく、お前に祈りを捧げたがる者が、出てくるかも知れないな…」
そういうシルトも騎士の礼服を着ていて、いつもとは違う貴公子然とした姿に、リヒトは密かに見惚れていた。
いつもは汚れが目立たない、焦げ茶や紺など、暗い色めの騎士服を着ているシルトが…
今は瞳と同じ、爽やかな空色の生地に、金糸で繊細な刺繍の入った騎士服をまとっているのだ。
「シルト様の方こそ… とてもお似合いです…」
上から下まで不躾なほど熱烈にシルトを見つめ、ため息混じりでリヒトは応えた。
<普段のシルト様も野性的で素敵だけれど… 今日のシルト様は、何だか見慣れてないから、ドキドキする!!>
「そう言ってくれるのは、お前だけだ」
シルトは苦笑した。
胸をときめかすリヒトだが、当のシルト自身は辺境伯を引き継ぐ儀式を、神殿で行った際に…
当時、新調したばかりの真新しい礼装姿を見た者たちは、優雅な騎士服はシルトの野蛮な人間性を隠すどころか浮き彫りすると、皮肉げに揶揄したのである。
だから礼装を着用すると、シルトはひどく辛辣な気分になるのだ。
「さあ、リヒト! ヴァルムとプファオ騎士団に会いに行こう!」
「ああっ! はい、シルト様!!」
シルトに見惚れるうちに、弟ヴァルムのことをすっかり忘れていた、色ボケ気味の兄リヒト。
リヒトの肩を抱き寄せようと、シルトは手を出すが…
神官服を着ただけで威厳を漂わせるリヒトに、シルトは躊躇し、細い肩には触れず出した手を下ろした。
「なぁリヒト、お前は私に仕えるというが… これからは、私がお前に仕えると言った方が、正しいかも知れないぞ?」
仮の私室を出て、ノイを引き連れ廊下を歩きながら、シルトはぽそぽそとリヒトに語った。
「シルト様、何をおっしゃっているのですか? そんなはずありませんよ」
不思議そうに、シルトを見上げるリヒト。
「女神に選ばれたお前に、私が仕えるのは、道理だと思わないか?」
祭祀を前にして、高揚する気分を抑えられず、リヒトの身体は神殿で祈りを捧げた時と同様に、キラキラと輝いていた。
あまりにも普通で、当たり前の感覚だったので、リヒト本人だけがその奇跡のような光景に気付いていないのだ。
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