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69話 救護院 挿絵スマラクト
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救護院の治療師長スマラクトは、首をかしげていた。
凶暴なトロールに投げ飛ばされ、身体中にひどい骨折が何か所もあり、完治までは治癒魔法を使っても、かなりの時間が必要だと、患者に覚悟するように説明したのが…
今朝の話だった。
今は、昼過ぎである。
「スマラクト様… やはりこの方、完治していますよね?」
今朝まで苦痛で顔をゆがめ、辛そう唸っていた騎士が…
スヤスヤと幸せそうに熟睡している姿を、見習い治療師のトラウムと共にスマラクトはながめていた。
「ううう~んん…? 何故でしょうね、トラウム君?」
これが王都でなら、完治していても不思議ではないのだが…
シュネー城塞は、魔窟の森が近いせいで、大気を漂う瘴気の量が多く、通常より治癒魔法の効果が出にくい場所なのだ。
「ああ――っ! もしかするとですね… 今朝、礼拝の後に神殿からいただいた、聖水の質が上がったからでしょうか? 何だかいつものよりも、とてもキラキラ輝いているし…」
これこれ! と瓶に入った聖水を、スマラクトに見せる見習い治療師。
「おお?! 本当だ! これはすごい! 女神の力の含有量が段違いだ!!」
肉体を通して放たれる不純物の混じる人の魔力と、大地からくみ取る女神の力は、純度が違うのだ。
見習い治療師トラウムから聖水の瓶を受け取り、前夜から限度を超えて使い続けた、ショボショボする目を見開いて…
スマラクトは、まぶしいほど輝く聖水入りの瓶を、念入りに調べた。
治癒魔法を得意とする、魔法特性を持つスマラクトは… 魔力を使って解析する能力が、人より優れていた。
「どうりで瘴気の気配が、まったく無いと思ったら… この聖水のせいだったのか!!」
救護院内では、患者たちに治癒魔法が効きやすくなるように… 魔窟の森から漂う瘴気を、少しでも浄化出来るよう、魔道具を使い聖水を霧にして空気中に溶かし込んでいる。
力のある、シュピーゲルのような神官に来てもらい、祈りを捧げてもらうのも有効だが…
祈り続けないと、効き目は一時的なものになるため、聖水を霧にして散布する方法が効率的なのだ。
だからと言って、完全に瘴気が消滅するわけでは無く…
いつもの聖水ならば、薄まるという程度だった。
「んん?! もしや神殿に… 飛び切り有能な新しい神官でも入ったのか?!」
キラキラと輝く聖水を、スマラクトはうっとりと、美しい宝物のようにながめた。
「え?! スマラクト様は知らないのですか?! 王都で王族に手を出して、重罪を犯した"花の令息" が、性奴隷になったという話を!!」
腕は良いが、患者と治療のことにしか興味が無いスマラクト治療師長に、世間の常識を伝えるのは…
この救護院では、部下の見習い治療師トラウムの仕事だった。
「王族に手を出した?! 性奴隷?! 治療が忙しくてそんなのに、かまっていられないよ! それより、何で聖水と性奴隷が関係あるんだい?!」
手に持つ聖水から目を離さず、スマラクトはトラウムにたずねた。
「ええええ?! ですからその性奴隷をシルト様が昨日連れ帰ったらしいですよ?」
部下のトラウムは毎度のことながら、世間にうとい上司に少々うんざり気味で説明した。
「"花の令息" だった性奴隷を?! 何でそんなのにシルト様が関係あるの?!」
ようやくスマラクトは聖水を見るのを止めて、トラウムの話に興味を持ち始めた。
「だから、"花の令息"は、プファオ公爵の長男だからですよ!!」
疲れた顔をするトラウム。
「何で公爵の長男だから、シルト様に関係あるの?!」
「だぁああああああああ――っ!!!!! もう、勘弁して下さい!! スマラクト様!!」
わしわしと頭をかきむしり、トラウムは叫び声を上げた。
見習い治療師のトラウムも前日から、不眠不休で治療に当たっている為に、くたくたに疲れた状態だった。
治療師たちを補助するベータの助手たちは、そんな2人を見て、クスクスと笑った。
凶暴なトロールに投げ飛ばされ、身体中にひどい骨折が何か所もあり、完治までは治癒魔法を使っても、かなりの時間が必要だと、患者に覚悟するように説明したのが…
今朝の話だった。
今は、昼過ぎである。
「スマラクト様… やはりこの方、完治していますよね?」
今朝まで苦痛で顔をゆがめ、辛そう唸っていた騎士が…
スヤスヤと幸せそうに熟睡している姿を、見習い治療師のトラウムと共にスマラクトはながめていた。
「ううう~んん…? 何故でしょうね、トラウム君?」
これが王都でなら、完治していても不思議ではないのだが…
シュネー城塞は、魔窟の森が近いせいで、大気を漂う瘴気の量が多く、通常より治癒魔法の効果が出にくい場所なのだ。
「ああ――っ! もしかするとですね… 今朝、礼拝の後に神殿からいただいた、聖水の質が上がったからでしょうか? 何だかいつものよりも、とてもキラキラ輝いているし…」
これこれ! と瓶に入った聖水を、スマラクトに見せる見習い治療師。
「おお?! 本当だ! これはすごい! 女神の力の含有量が段違いだ!!」
肉体を通して放たれる不純物の混じる人の魔力と、大地からくみ取る女神の力は、純度が違うのだ。
見習い治療師トラウムから聖水の瓶を受け取り、前夜から限度を超えて使い続けた、ショボショボする目を見開いて…
スマラクトは、まぶしいほど輝く聖水入りの瓶を、念入りに調べた。
治癒魔法を得意とする、魔法特性を持つスマラクトは… 魔力を使って解析する能力が、人より優れていた。
「どうりで瘴気の気配が、まったく無いと思ったら… この聖水のせいだったのか!!」
救護院内では、患者たちに治癒魔法が効きやすくなるように… 魔窟の森から漂う瘴気を、少しでも浄化出来るよう、魔道具を使い聖水を霧にして空気中に溶かし込んでいる。
力のある、シュピーゲルのような神官に来てもらい、祈りを捧げてもらうのも有効だが…
祈り続けないと、効き目は一時的なものになるため、聖水を霧にして散布する方法が効率的なのだ。
だからと言って、完全に瘴気が消滅するわけでは無く…
いつもの聖水ならば、薄まるという程度だった。
「んん?! もしや神殿に… 飛び切り有能な新しい神官でも入ったのか?!」
キラキラと輝く聖水を、スマラクトはうっとりと、美しい宝物のようにながめた。
「え?! スマラクト様は知らないのですか?! 王都で王族に手を出して、重罪を犯した"花の令息" が、性奴隷になったという話を!!」
腕は良いが、患者と治療のことにしか興味が無いスマラクト治療師長に、世間の常識を伝えるのは…
この救護院では、部下の見習い治療師トラウムの仕事だった。
「王族に手を出した?! 性奴隷?! 治療が忙しくてそんなのに、かまっていられないよ! それより、何で聖水と性奴隷が関係あるんだい?!」
手に持つ聖水から目を離さず、スマラクトはトラウムにたずねた。
「ええええ?! ですからその性奴隷をシルト様が昨日連れ帰ったらしいですよ?」
部下のトラウムは毎度のことながら、世間にうとい上司に少々うんざり気味で説明した。
「"花の令息" だった性奴隷を?! 何でそんなのにシルト様が関係あるの?!」
ようやくスマラクトは聖水を見るのを止めて、トラウムの話に興味を持ち始めた。
「だから、"花の令息"は、プファオ公爵の長男だからですよ!!」
疲れた顔をするトラウム。
「何で公爵の長男だから、シルト様に関係あるの?!」
「だぁああああああああ――っ!!!!! もう、勘弁して下さい!! スマラクト様!!」
わしわしと頭をかきむしり、トラウムは叫び声を上げた。
見習い治療師のトラウムも前日から、不眠不休で治療に当たっている為に、くたくたに疲れた状態だった。
治療師たちを補助するベータの助手たちは、そんな2人を見て、クスクスと笑った。
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