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62話 朝の祈り
しおりを挟む大地に張り巡らされた、女神の力の川の上に建てられた神殿は、他所に比べ、祈りがより強く反映される場所である。
神殿内の女神への祈りの場は、立派な女神像が有るわけでもなく…
豪華な祭壇が、設置されているわけでもない。
ちょうど神殿の中心に位置する床に、石やガラス、宝石などをはめ込み、4人の女神のシンボルを、円環にまとめて描いたモザイク画に…
天井に設置された円形の窓から、厳かに光が降り注ぐ。
薄暗い神殿の中でも、そこだけが明るく浮かび上がり、まるで神々の世界への入口のように見えるのが特徴である。
神官たちは、女神のシンボルを囲むように輪になり、朝の祈りを捧げた。
女神に選ばれた、"花の令息" であるリヒトは、シンボルの中心に跪き…
神官たちの祈りをその身に集め、女神に捧げることで、女神の川から力を汲み取り、地上に漂う瘴気を少しづつ浄化して行く。
「1度に全部、浄化出来ないのか?」
シルトが犯した前夜の失態を、ようやくリヒトに許され…
早朝の朝食室で側近たちと共に朝食をとりながら、素朴な疑問をシルトがぶつけた。
「そう出来れば簡単なのですが、女神の力は強過ぎるので、少しずつ慎重に頂かないと、かえって災害を引き起こしたりするのです」
皿に乗る卵を、リヒトは丁寧にナイフとフォークで切り分けながら…
理路整然と1つずつ、シルトの疑問に答えて行く。
「災害?!」
千切ったパンを皿に置き、シルトは隣席に座るリヒトを見下ろした。
「細い川に大雨が降り、大量の雨水が流れると、下流で土砂災害が起こるでしょう? それと良く似た状態になるのです」
一旦、手を止めてリヒトは、シルトの美しい空色の瞳を見て答えた。
「そういうものなのか?! 」
眉をひそめて、シルトも朝からキラキラと輝く、リヒトの赤金色の瞳を見下ろした。
「1度で終わらせるとなると、シュネー城塞がどうなるか、責任が持てませんし…」
「うっ!! そ… それは困る! 知らなかった!」
「知らなくて当然です、このことは王都の大神官様と、その側近の方々、国王陛下と花の令息の保護者だけに伝えられるもので、全員が沈黙の誓約を結ぶのです」
悪心を抱き、女神の力を利用しようと企む者を出さない為に、沈黙の誓約が必要なのだ。
王太子一派は何も知らされていないからこそ、リヒトを簡単に処刑しようとした。
知っていたとしても、王族にしては信仰心の薄い王太子では… 無視して我を通し、処刑を強行していたことだろう。
「沈黙の誓約!! リヒトはそんなものを、子供の頃から結ばされていたのか?!」
「はい… 他の、"花の令息"たちは結んでいない為に、祭祀に参加出来ませんでしたが」
誓約を破れば、貴族籍を剥奪され罪人として、さばかれる。
リヒトの場合、すでに罪人扱いで奴隷に落とされている上に…
北方の厳しい状況からして、辺境伯のシルトには黙っていられず、誓いを破り包み隠さず話すことにしたのだ。
このシュネー城塞で暮らす人々は、誰もが魔窟の森に、今まで以上に危機感を感じている。
神官長シュピーゲルも暗黙の了解で、リヒトが祭祀について語ることを敢えて止めなかった。
(シュピーゲルは王都の神官時代、リヒトの世話役をしていた為、沈黙の誓約を結んでいる)
「だから毎朝、リヒト様は瘴気を浄化するための、祈りを捧げたいのですね?」
リヒトの正面に腰を下ろしたノイがたずねた。
「ええ… 毎朝、浄化を続けて瘴気が薄くなったら、次はその状態を維持するために、やはり毎朝、祈りを捧げる必要があるのです… 女神の力を扱おうと思うなら、地道に毎日祈りを捧げることが、重要なのです」
「リヒトは本当に偉いなぁ… 毎朝、子供の頃から、そんなに国の為に祈って来たのか、今まで良く頑張ったなぁ…」
「シルト様…」
しみじみとシルトは、艶やかな孔雀色の髪を撫でながら、リヒトを労った。
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