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12話 リヒトと辺境伯

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「お願いです! お願いです! 処刑して下さい!! …父上!!」
 涙で汚れた顔を上げ、懇願こんがんするリヒトをプファオ公爵は冷笑する。

「見苦しいぞリヒト! 素直に罰を受け入れろ」

「父上!! 嫌です… 性奴隷の紋だなんて!! こんなの… 死んだ方が良い!!」
 執行人に身体を石畳いしだたみに押し付けられても、リヒトは顔だけ上げて訴えるが…

「ここで殺すのは手ぬるいと言っているのだ! お前は女神に選ばれ王太子殿下の婚約者にまでして頂いたのに、このザマだ!! そのうえ最後まで傲慢ごうまんにも我儘わがままを言い張るとは!!」
 公爵の顔に軽蔑けいべつの表情が浮かんだ。 

「・・・っ」
 言葉を失ったリヒトの赤金色の瞳から、止めどなく涙があふれ流れ落ちる。

「王都から出て行け!! お前は北方の地で死ね!!」

「父上…」
 頭まで石畳いしだたみに押し付けられ、リヒトの頬や鼻の皮膚が傷つき赤い血が滲み出す。

 父親が吐き捨てた言葉に絶望し、リヒトは懇願こんがんするのを止め罰を受け入れる。


 執行人が孔雀色の髪を引っ張り、オメガの弱点であるうなじをさらすと…
 罪人用の奴隷紋を入れる魔道具をうなじに押し付けられ、リヒトは身体中を針で刺されるような痛みに襲われた。

 うめき声1つ上げず、苦痛に耐え…
 最後にリヒトを所有する証しのシュナイエン辺境伯の紋章が、シルトの血液を使って奴隷紋に刻み込まれる。


 リヒトの耳に遠くで、誰かの笑う声が聞こえたが…
 誰が笑ったかは、すぐに気を失ってしまった、リヒトには分からなかった。











 激しい振動を感じ、ふと目覚めるとリヒトは暖かい温もりに包まれていた。

 ホオゥ―――ッとため息をつくと、声をかけられる。


「目覚めたか?」

「…誰?」
 聞き覚えの無い知らない声に… リヒトは戸惑いながら顔を上げると…
 雲一つない澄んだ青空のような瞳で、見下ろされていた。

「あっ…」
 あまりリヒトには馴染みの無い、北方の住人の特徴である青銀の髪が揺れ…
 自分を抱いている人物が、息を呑むほど美しい男だと気が付く。

「暴れるなよリヒト… 馬から転げ落ちて首の骨を折りたくは無いだろう?」
 美しい瞳に見合う穏やかな微笑みを浮かべた美丈夫びじょうぶが、リヒトを抱いて馬を走らせていた。


 リヒトを目覚めさせた激しい振動は、馬から伝わるものだったのだ。


「ううっ…」
 うなじが痛んで、リヒトが顔をゆがめると…

「もう少しの辛抱だ! ここはまだ王都に近いから、王太子の手が届く範囲なのだ… あのウジ虫野郎にこれ以上お前を、傷つけさせたくないからな!!」

 ほんの少し思い出しただけでも、シルトは怒りが爆発しそうになった。



 奴隷紋を付けられ、気を失ったリヒトを…
 フリーゲは王宮に連れ帰り、自分の玩具おもちゃにしようとしたのだ。

『性奴隷なのだから、味見ぐらいしても良いだろう? 長い間、私は我慢していたのだから』

『困りますなぁ、殿下! 北方守護の戦力を、これ以上お遊びに使われては!』
 怒りをあらわにし、シルトは腰に差した大剣の柄に手を掛け少し刃を引き出して見せ、フリーゲに脅しをかけた。
 
 フリーゲが、怖気づいたすきに…
 自分のマントを脱いでリヒトを包み抱き上げると、そのまま馬に乗り臣下と共に真っ直ぐ王都を出た。

 3公爵への騎士の派遣依頼は前日のうちに済ませ、シルトたちはすぐに領地へ帰る予定だったが…
 恩人のプファオ公爵のためにも、リヒトを北方に連れ帰れないかと、帰る時間を遅らせ処刑場へと、足を運んだのだ。





「…アナタは誰ですか?」
 刑場でリヒトは執行人に、頭を押さえつけられていたせいでシルトの姿をほとんど見ていなかった。




「シュナイエン辺境伯、シルトだ」









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