黒騎士はオメガの執事を溺愛する

９４話 家族

　黒騎士たちの限界は、すぐ目の前にあった。

　最初は順調に触手を切り落としていたが、今ではハアッ…　ハアッ…　ハアッ…　ハアッ…　と黒騎士たちはあらい息をはきながら、どうにか現状を維持するのがやっとの状態だった。

　大砲の魔力砲弾が命中し、魔力を削そぐことに成功しても…　脆弱ぜいじゃくな生身の人間である騎士たちと、疲れ知らずの魔王の触手とでは、戦いが長引けばおのずと先は見えてくる。


「うわああ―――っ！！！」

「クソッ！！　この野郎―――っ！！」
　騎士の1人が触手に捕まりすごい勢いで、引っ張られそうになり、あわてて隣にいた騎士が触手に攻撃を加え、難なんを逃れた。
　
　だが難を逃れたからと言って、ホッ…　としている余裕など無く…　また新たな触手が騎士たちを捕まえようと、襲い掛かって来る。


「・・・っ」
＜あと、2個！！　２個装着すれば、大砲が打てる！！＞

　大砲を守っていた小結界が消失した時にあった、自分たちは死ぬかもしれない？　という恐怖心は、アスカルからいつの間にか消え失せ…　今はグランデと黒騎士たちを、絶対に死なせてたまるか！！　という強い意志に変わり、アスカルの頭の中を支配していた。

　作業に集中するあまり、金具に引っ掛けて爪を剥はがし、魔石や工具に血が付着するほど出血していたが、不思議と痛みを感じること無く、アスカルは黙々と魔石を装着してゆく。


「必ず帰る！　グランデ様と騎士たちを連れて…　絶対に生きて帰る！！　あの子のために！！　絶対に帰る！！」
＜田舎の本邸で待つ…　家族の元に帰る！！＞


　治療師アユダルの助けで、避妊の魔法を解いたアスカルは、その後すぐにグランデの子を身籠ることが出来た。

　養父ペスカドとグランデの母、そしてグランデの師匠であり義父の手を借り…　アスカルは魔王討伐に向けての準備をしながら、２ヵ月前に漆黒の髪に鮮やかな深紅の瞳を持つ、グランデにそっくりの息子アニジョを出産する。

　生まれたばかりでは、アルファかオメガかまでは不明だが…　アスカルは、グランデそっくりの容姿を見て、きっと自分たちの息子はアルファだと確信していた。

　逞たくましいグランデの腕の中で、小さくて可愛い手をちゅっ…　ちゅっ…　と吸う、この世に生まれたばかりの愛しい我が子を思い出し、アスカルは作業の手を早めた。　



「あと１個！！」

　最期の魔石に取り掛かった時に、アスカルのすぐ真横を触手が突き抜け…

「ぐあああああ――――――っ！！！」

「待てっ！　待てっ！！　クソ―――ッ！！！」

「チクショウ―――ッ！！」
　騎士の１人が捕まり、助けようとした騎士２人も触手に巻き込まれた。

　部下を助けようとエンチュフェが切りつけたが…　間に合わず、魔王に向かって騎士を捕まえた触手は引っ張られていく。



「そんな…　ああああっ……！！！」　
　集中力が途切れ、アスカルの手が止まり呆然とする。

「アスカル―――ッ！！　手を止めるな―――っ！！！」
　剣で触手を切り落としながら、動揺するアスカルをグランデは怒鳴りつけた。

「ああっ…　う…　ううううっ……！」


　あわてて作業に戻るアスカルの目から、涙があふれたが…　頬を濡らす涙をぬぐうひまを惜おしんで、懸命けんめいに作業を続けた。