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61話 扉を開くと

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 深夜を過ぎてもなお、煌々こうこうと明かりが灯された派手な外観の建物を、グランデは渋い顔で見あげた。


「うむぅぅ~…」

「さぁ行きましょうグランデ様、“治療”を受けに!」
 隣に立つアスカルは、フード付きのマントで頭から膝まですっぽりと隠し、グランデの逞しい腰に腕を回して、娼館の扉に手を掛けた。

「アスカル… やっぱりオレ一人で行くから、お前はやしきに戻った方が…」

「いいえ、僕はあなたの妻ですから、夫のケガの治療を見届ける義務があります!」

 レガロ伯爵邸の執務室で、グランデのケガに気づいたアスカルは… 
 渋るグランデを無理やり馬車に乗せて、“古巣の娼館”まで連れて来たのだ。


「でもな、アスカルここは…」
 普通の妻なら夫と一緒に娼館に来たりしないぞ? …と内心では思っていても、グランデは賢明にも、口に出さなかった。

「グランデ様、お話は治療を受けた後で、たっぷりしましょう? ね?!」
 顔を半分隠したフードの下で、アスカルはニッコリと笑うが… 瞳が恐ろしく冷たかった。

「アスカル… オ… オレは浮気なんかしていないぞ?」

「ええ、分かっていますよグランデ様… だって結婚してから、浮気する暇なんて無かったから… だからグランデ様に暇が出来た時、浮気する気を起こさないよう、僕がしっかりと先に確認しないとね?!」
 アスカルはギュッとこぶしをにぎり、グランデを引っ張って娼館の扉をくぐり抜けた。 

「うむんんんっ~…」




 娼館に入ってすぐの小さなロビーは、オレンジ色の明かりが灯され、甘い花の香りが漂っていた。


 一階は丸テーブルがいくつか並べられ、食事や飲酒を楽しむスペースとなっている。
 客らしい男たちとともに、娼婦たちが陽気な笑い声をあげていた。

 どうやら娼婦たちの仕事は、2階に並ぶ個室でするようである。


「女性ばかりですね?」

「ああ、ここは娼婦専門の店だからな… 他に行くと男娼専門の店もある」

「…あっ! 奥の方に黒騎士の皆さんがいらっしゃいますね? 婚姻の儀式に参列していただいた… バハル様にエンチュフェ様… それにコスタ様でしたっけ?」

 漆黒の騎士服を着た騎士たちを見つけ、アスカルがジッ… と見つめていると、相手の方もこちらに気づき手をあげた。



「おおっ? 団長?! 家に帰ったのではなかったのですか?! と言うか… 新婚なのに、娼館なんかに遊びに来ても、大丈夫ですか?!」

「オレは治療に来ただけだ! お前たちも同じだろう?」
 ムスッ… と顔をしかめ、グランデは部下の騎士たちにたずねると…

「まぁ、そうですけど… 大仕事を終えた後は、気が立つから夜の相手が欲しくなるし… それより男娼なんか連れ歩いて、さすがは精力絶倫の野獣騎士様は、美人の奥方様一人だけでは、満足出来ないようですね?」
 ニヤニヤ笑いを浮かべた部下のバハルは、じろじろとアスカルをながめた。

「後悔しないように、その軽い口を閉じておけ、バハル!」
 ハァ―――ッ… とため息をつき、グランデは忠告する。


「魔獣討伐とうばつ、お疲れ様でした… 皆さまもご無事で何よりです」
 頭に被ったフードを脱ぎ、アスカルは黒騎士たちに労いの言葉をかける。

「?!」
「…っ?!」
「ヒイッ―!」
 小さく叫び、その場に居たグランデの部下たちは顔を青くしてガタタッ…! と席を立つ。


「グランデ様が治療も受けずに帰宅したので、こちらに連れてまいりました… どちらに治療師様がいらっしゃるか、ご存知ですか?」

 フードを脱ぐ時に乱れたキラキラと輝く銀髪を、サッ… と手で整えると、淡い藤色の瞳を柔らかく細め、アスカルは上品に微笑みかけて黒騎士たちにたずねた。


「こ… これは奥方様!! 団… 団長の付き添いでしたか! なんてうらやましいっ!! いや、失礼いたしました!! 治療師殿はあちらでありますっ!!」

 頬を赤らめた黒騎士たちは、ビシッと姿勢を正して、店の奥を指差した。


「ありがとうございます、皆さま… お楽しみの時間を邪魔して、申し訳ありません」

「い… いえ、奥方様! お役に立てて光栄です!!」

「さぁ… 行きましょうか、“野獣騎士様”」
 アスカルはグランデを見あげ黒騎士たちと同じ呼び方をした。

 ブフッ!! と黒騎士たちがそろって吹き出す。


「アスカル…」
 恥ずかしかったらしく、グランデの耳から頬が赤く染まっていた。



 普段の優し気な姿からは想像できないが、どうやらアスカルは嫉妬深いたちらしい。







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