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12話 厩舎前の落とし物

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 馬の手入れを終えたグランデは、馬房ばぼうを出て仕切りに掛けておいた上着を着てマントを持った。

 馬から降ろしたあるじの荷物を運ぼうと、アスカルは手をのばすが… 先にグランデが荷物を取り上げ、マントと一緒に片手で抱える。

「自分の荷物ぐらい、自分で運ぶ」
 それだけ言うと、グランデは黙って厩舎きゅうしゃの出入り口へ向かう。

「は… はい、旦那様」
<旦那様は身体が大きいから、動きがゆったりしてそうに、見えるけれど… 馬の手入れも僕なんかより、ずっと手早いし… 歩くのもキビキビと早いし(歩幅が違う)、無駄な動きをまったくしない人なんだ?!>

 アスカルの予想通り、平民出身のグランデは一般的な貴族たちのように、自分を優雅に見せようと、カッコ良く飾るような無駄な動きもしなければ、無駄な話もしない。

 自分の専門である騎士の仕事に関連することには、口数も多くよく話すグランデだが… 
 仕事以外の自分が興味の無いことには無口になり、面倒臭いとほとんど人任せ(丸投げ)にしてしまう。


 慌ててアスカルが追いかけると… 
 なぜかグランデは急に立ち止まり、チラリとアスカルを振り返った。

「旦那様?」

「・・・・・・」
 グランデの隣までアスカルが追いつくと、再びグランデは歩き出す。

「・・・・っ」
<あっ?! もしかして旦那様は、僕が並んで歩くことを求めているの?!>

 薄暗い厩舎から出たところで、アスカルは隣を歩く背の高い主を盗み見ると… 深紅の瞳と目が合った。

「・・・っ?!」
<ひゃあ―――っ!!!>

 動揺するアスカルの腰に、にゅうぅっ… と長い手がのびて来て、グイッ… と引き寄せられ、グランデにギュッと片手で抱きしめられる。

「なっ?! 旦っ… 旦… 旦那様ぁ?!」

「・・・・・・」

「おっ… お放し…くださいっ!!! 旦那様!!」
<こ… この人も僕を!! 僕を…っ?! それも、こんなところで!! 何て人だ?! 僕は血の繋がった弟だと、教えた方が良いの? でもあの伯爵の息子なら、この人も血の繋がりを無視するかもしれない!!>

 顔を真っ赤にしてアスカルは、グランデのたくましい胸を手で押して、自分の身体を離そうとするが…
 アスカルがグランデから離れようと抵抗すればするほど、長く逞しい腕はギュウギュウとアスカルの細い腰を引き寄せ、腕力で押さえ付ける。

「旦那様っ!! お止めください!! 僕は… 僕は… あなたの… 旦那様!!」
 それはまるで、4年前の悪夢を再現しているかのような状況で… アスカルは混乱し、パニックを起こしかけていた。

「・・・・・・」
 抵抗し、暴れるアスカルを軽々と、ひょいっ… と片手で持ち上げ、そのまま黙ってグランデは歩き出した。

「わぁっ?! 下ろして!! 僕は… 僕は… あなたのっ… ああっ!!!」
 弟です! とアスカルは言おうとしたが…

「・・・・・・」
 グランデは何歩か歩いて、ストンッ… とアスカルを下ろし、細い腰を放した。

「わぁっ?!」
 急に解放され、身体をふらつかせるアスカルの腕をつかみ、グランデは倒れないように支える。

「いったい… 何っ?! えええぇ?」
 アスカルは、困惑と動揺でドキドキと暴れる心臓を押さえていると…

「お前… 馬糞ばふんを踏みそうだった」
 細い腕をつかんだまま、グランデは顎をクイッ… と振り… 自分たちがいた場所を、アスカルに見てみろとうながした。

「え?」
 言われるがままに、アスカルは振り返ると… 確かにそこにはボテッ… とアスカルの足よりも、一回り立派な馬糞が落ちていた。

 隣を歩くグランデを盗み見ることに夢中だったアスカルは、自分の足元の馬糞に気づかなかったのだ。


「あれぇっ?! どうして?! 今朝、綺麗に掃除したのに?!」
 礼儀作法や、主従関係だとか、そんなものが激しい動揺で、頭からすっぽり抜け落ちた状態で、素に戻ってしまったアスカルが首をひねっていると…

「オレの馬は厩舎に入れようとすると、自分の馬房を汚すのを嫌って、一発デカイのを落とすのが、癖なんだ」

 厩舎に入る時、アスカルは馬の前を歩いていたため、馬が脱糞だっぷんしたことに気付かなかった。

「わぁ! なんて賢い馬なんだ!」

 口をぱかりと開けて、アスカルは主を見あげると… 深紅の瞳をやわらげ、ニヤリと微笑んでいた。






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