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9話 伯爵と執事

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 地下のワインセラーから取り出したばかりの、伯爵に出す数本のワインを執事室に運び、アスカルが布でピカピカに磨いていると…

「アスカルさん! 馬車ではなくて、大きな黒い馬に乗った、真っ黒の騎士様がいらしたようだけど… あの方が伯爵様ではないかしら?!」
 近くの村で臨時に雇い入れた、アスカルよりも20歳は年上のメイドが、伯爵が到着したと呼びに来た。

「真っ黒の騎士? 旦那様は黒騎士団の騎士団長をされてるそうだから、その方だと思います!」
 ワインボトルを木箱に入れて、アスカルはエプロンをはずしておけの水で手を洗い、あわててメイドと伯爵邸の玄関前まで行く。


 新しいレガロ伯爵は従者も連れず、黒い馬に騎乗し、たった一人で田舎の本邸にやって来たようだ。

「お待ちしておりました、旦那様! 執事のアスカルと申します」
<なんて大きな人だろう? こんな大きな人、初めて見た!>

 アスカルが見上げるほど背が高い伯爵は… メイドが言ったとおり、漆黒の髪に漆黒の騎士服、膝まである黒い乗馬靴をはき、頭のてっぺんから足のつま先まで真っ黒の騎士だった。

 腰には騎士の証しである、立派な大剣を下げているが、剣をおさめるさやまで黒い。

 馬から下りて手綱たづなを引く伯爵に、アスカルは丁寧にお辞儀をした。

「ああ…」
 一度だけ、伯爵は無骨な返事をすると、なぜか難しい顔をして黙り込んでしまう。

「旦那様、馬の手綱をお預かりします」
<無口なたちなのかな? さすが黒騎士団の騎士団長をされているだけあって、迫力がある方だ… 怒らせるとすごく怖そう!!>

 手綱を受け取ろうと、アスカルは手を差し出すが…
 伯爵は鮮やかな深紅の瞳を細め、鋭い視線でアスカルの顔に穴が開きそうなほど、ジロジロと見つめるだけだった。

「旦那様?」
<うう… 黙って伯爵に見下ろされていると、びくっ… びくっ… と身体が震え、この場でひざまずいてひれ伏してしまいたくなる! アルファにはこんな人がいるんだ?!> 

 アスカルは伯爵から大きな威圧感を感じていた。

「・・・・・・」
 伯爵はするどい視線を、アスカルの顔からゆっくり下ろし… スラリと優雅な身体を熱心に観察する。
 
「あの… 旦那様、手綱を…?」
 身体までじろじろと見られ… 
 伯爵の視線に性的欲望は感じ取れなかったが、年頃のアスカルの頬はうっすらとピンクに染まって行く。

 伯爵の視線は差し出されたアスカルの細長い手にうつり、しばらくすると… 
 再び顔にもどり、アスカルの淡い藤色の瞳と、伯爵の鮮やかな深紅しんくの瞳がまじわる。


「お前、オメガか?」

「・・・っ!」
 ドクンッ…! とアスカルの心臓がはねた。






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