傷心オメガ、憧れのアルファを誘惑

金剛@キット

文字の大きさ
上 下
86 / 87

85話 その後

しおりを挟む
 デスチーノが帰国し、グランジが産まれて、2ヶ月が過ぎようとしていた。

 社交シーズンもそろそろ終盤になり、ジェレンチ公爵邸の舞踏会や晩餐会も無事に成功し、アディはホッ… と胸を撫で下ろしていたが… そんな風に心身と時間に余裕が出てくると、ついつい考えなくても良いことまで、考えてしまうものである。

「大ケガをしてまで、デスチーノが誘拐された被害者たちを、外国から救出したというのに… その話は一切、話さないようにと、オエスチ侯爵にずっと前に注意されたけれど…」

 アディは、プゥ~ とふくれた。

「納得いかないなぁ! デスチーノはもっと、色々な人たちに評価されても良いのに…」
 書斎の窓際に立ち、外で遊ぶ甥と姪を見つめながら、アディがぶちぶちと文句をたれると…

「我が国の… 仮にも貴族だった男が、人身売買に手を染めたのだから、国としてはこういう汚点はなるべく早く忘れたいのさ」
 腕の中に息子のグランジを抱きながら、デスチーノは机の上に広げた領地運営に関する帳簿を見ている。

 息子が可愛くてたまらないらしく、デスチーノは少し前に乳母から取り上げて来たのだ。


「それはそうだけどさぁ~!」

「へたに私の名前が表に出ると… 以前も言ったが命を狙われかねないからな」
 苦労してデスチーノが、秘密裏に動いた意味が無くなってしまうのだ。

「僕の旦那様は本当に偉大いだいな人だね」
 ため息をつきながら、アディは本当に残念だと、苦笑いを浮かべた。

「それよりもアディ、帳簿のここ… 何でこんな数字なんだ?」
 デスチーノは、自分が不在だった間の領地の状況を把握はあくするために、アディが付けた帳簿で確認していた。


「んんん? どこ?」

 デスチーノがトンッ… トンッ… と指でたたいて差した数字を… 窓際から離れ、アディはデスチーノの隣りに立ち、屈みこむように帳簿を見下ろし、すらすらと迷いなく答えた。

「ああ! この時はね… 獣害が出たんだよ、ちょっとひどくてねぇ~ あのままだと、小作人たちが冬を越せないかも知れないと思って、今年と来年の収穫時に多めに入れさせて、半分だけ返してもらうことで合意しているよ?」

「なるほど…」

「ほら、ここに小さく、今説明した理由を書いておいたから…」
 アディも自分が書いた覚え書きを、指でトンッ… トンッ… とたたいて示した。

「おっと! すまない、見逃していた」

「うん」

「それにしても、よくこの短期間で、ここまで学んだな?」
 自分が座る椅子の横に立つアディを見あげて、デスチーノが褒めた。

「トルセールがね、付きっきりで丁寧に教えてくれたから!」
 褒められて嬉しくて、アディは満面の笑みを浮かべ、デスチーノの広い肩に手を置いた。

 デスチーノが不在の寂しさを、アディは立派なジェレンチ公爵夫人になるための勉強に打ち込むことで、まぎらわせていたのだ。


「それとだ… 驚いたのは、ここで投資したやつが、すごい収益が出ているが…?」
 別の帳簿の数字を、デスチーノはまた指でトンッ… トンッ… とたたいた。

「ふふふっ… そっちはね、オエスチ侯爵に誘われて投資したんだよ! 話を聞いていたら、何か面白そうだったし… トルセールも大丈夫そうだって言ってたから」

「そうか! ならここで出た収益は全部、アディ名義にしておこう…」

「ええ? 別に良いよ、そんなことしなくても」
 欲の無いアディはそう答えるが…

「私を通さずこれからも、自分で自由に使える金があった方が便利だろう?」
 当然、ジェレンチ公爵家からも、公爵夫人用の必要経費は出ている。

「ああ、そういうことか! だったらお願いします! なんかオエスチ侯爵からもう一つ面白そうな投資話を聞いて、どうしようか迷っていたんだ」

「アディ、気をつけろよ? 投資はギャンブルとあまり、変わらないからな?」
 やり手になりつつある若い妻に、デスチーノは一応、注意をうながした。

「う゛っ… うん! じゃあ… もらったおこずかいの分しかやらないよ! 損して失くしたらきっぱり止める! だってエントラーダ伯爵家みたいにギャンブルで借金まみれは嫌だもの」

「では、アデレッソス殿のお手並み拝見と行きますか?」

 デスチーノは、機嫌良く笑った。


「見てて下さい、旦那様! あっ… と言わせて見せますからね」
 さっ… と屈んで、アディはデスチーノの唇を奪い… チュク… チュチュ… と舌を使って貪ると、ゆっくり唇を離す。

「足りないな!」
 デスチーノはグランジを片手で抱いたまま立ち上がると、机に広げた帳簿類を手早くパタパタと閉じて片づける。

「デスチーノ?」

「グランジを乳母に預けて来る」
 
「んん?」

「昨夜は我慢したから… もう限界だ!」
 
「何が?」

「アディは先に寝室に行きなさい!」
 デスチーノは、書斎の扉のノブに手を掛けて、アディにキビキビと指示を出す。

「ええ? あっ… でも、まだ昼間だけど…?」
 ふわりと頬を赤くして、一応アディは確認した。

「嫌なのか?!」
 チロリと艶っぽい視線をアディに向けながら、デスチーノは、アルファのフェロモン全開で…
 アディを誘惑した。

「わ… わかった、寝室で待ってる…!」
 デスチーノの誘いを受け入れるように、アディからもフェロモンがふわふわと立ち上る。


「そうしてくれ!」

 デスチーノが扉を開けて押さえると、アディは素早く廊下に出て、寝室へと向かった。







しおりを挟む
今回の名前はブラジル・ポルトガル語にお世話になりました。アデレッソス→アクセサリー、デスチーノ→行き先、ジェレンチ→支配人、コンプラ―ル→買う、エントラーダ→入口、ヴィードロ→ガラス、トルセール→応援する、フーア→街路、 ラテン系の単語は何となく色気があって素敵ですよねぇ~☆彡
感想 40

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

英雄の帰還。その後に

亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。 低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。 「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」 5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。 ── 相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。 押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。 舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...