2 / 87
1話 傷心のアデレッソス
しおりを挟むエントラーダ伯爵家の3男、オメガのアデレッソスは…
父に命令されて婚約した、コスタ侯爵家の長男のヴィードロ(アルファ)から、結婚を目前にして婚約を解消された。
婚約解消の理由は、ヴィードロの"恋人"である、リコール子爵家のエーヴィ嬢(オメガ)が、ヴィードロの子を妊娠したからだ。
寝室のベッドでクッションに凭れ、上半身だけを起こしたジェレンチ公爵デスチーノ(アルファ)に、小柄な背中を向けたまま、アデレッソスはベッドの端にゆっくりと腰を下ろした。
「僕は愚かにも、3歳年上の婚約者を初めて紹介された時から、恋をしてしまったのです」
ぽつぽつとアデレッソスは、自分が一方的に婚約を解消された経緯を、ジェレンチ公爵に語って聞かせる。
「つまり君は、婚約者のヴィードロに、一目惚れをしたと言うわけかい?」
スミレ色の瞳に掛かったダークブラウンの髪を、節の太い長い指で払うと…
眠る時はいつも裸のデスチーノは、騎士らしく良く鍛えられた腹筋を隠すように上掛けを引き上げ、のんびりとアデレッソスに尋ねた。
「ん~… 少し違うかな…? 彼は次兄の学園時代からの友人で、僕は次兄からヴィードロの話をよく聞いていたから、兄が信頼する人ならきっと素晴らしい人だと僕は思い込み、ほとんど無条件で、彼を受けいれてしまったのです」
膝の上で両手の指を組み合わせ、もじもじと動かしながらアデレッソスは、当時の心情を思いだし、唇を苦痛で歪めてデスチーノに答えた。
「でも君は元婚約者に恋をしたのだろう?」
「あの時の僕はそう思っていました… でも、後から考えると… いわゆる僕は箱入り息子で、恋に恋する年頃だったから…」
<だって裏切り者の元婚約者は、子供の頃に出会った憧れの騎士に、あまりにもそっくりだったから、憧れの人に抱いていた初恋を、僕はそのまま婚約者にも重ねてしまったから>
「もしかして君も… "運命の番"に憧れていたとか?」
「ええ… 初対面の時も、彼が放ったアルファ・フェロモンがとても素敵だと感じてしまって… だって家族以外の成熟したアルファのフェロモンなんて、それまで触れたことが無かったから、きっと運命の相手に違いないと、僕が間違えても無理はないと思いませんか?」
<本当にその通りなんだよ、公爵様! 僕の憧れの人は、年齢も社会的地位も何もかもが雲の上の存在だから、僕には手の届かない人だし、だから婚約者だと紹介された時、憧れの人そっくりのヴィードロに、僕は運命を感じてしまったんだ… 本当に中身があんなにゲス野郎だとは思わなかった!>
話しながらアデレッソスは、涙が込み上げ、涙声で言葉が濁らないようにするのに苦労した。
幸い背を向けて座っているため、デスチーノにはアデレッソスの苦悩に満ちた泣き顔は見えていない。
<憧れの人と元婚約者の顔が似ているのは、2人が従弟同士だから、その血のつながりも僕の恋心に影響してしまって…>
「ああ、それは確かに恋と本能的欲望を勘違いしても… おかしくないな」
「それで、僕は二度目のデートで、彼に求められるまま身も心も、捧げてしまったのです… だって相手は婚約者だから、早いか遅いかの違いだと思って…」
<本当に… 何であんな奴を、僕は本気で愛したんだ?! お兄様がいっつも彼を良く言うから、信じてしまったじゃないか!! お兄様も無責任だよ!!>
琥珀色の瞳をギュッと閉じ、まだ疼く胸の痛みに耐えて、顔に掛かる金糸のような髪を振り払うことも無く…
肩を竦めてアデレッソスは、デスチーノに向けた華奢な背中が軽くおどけて見えるように、両掌を上に向けて、かおの表情とは正反対の明るい笑い声を立てた。
<僕の次兄と元婚約者はいわゆる悪友で、2人で娼館へ遊びに行ったりギャンブルをしたりと、そういう爛れた遊びを一緒にしていた付き合いの"良い友人"だったわけで、それなら少しは次兄も実の弟に警告ぐらいくれても良かったのに!!>
アデレッソスの次兄(アルファ)も、元婚約者ヴィードロ同様ゲス野郎だった。
「あ~あ… 若いなぁ~っ」
デスチーノものんびりとした口調とは裏腹に、スミレ色の瞳を鋭く光らせ、アデレッソスの背中を観察した。
0
今回の名前はブラジル・ポルトガル語にお世話になりました。アデレッソス→アクセサリー、デスチーノ→行き先、ジェレンチ→支配人、コンプラ―ル→買う、エントラーダ→入口、ヴィードロ→ガラス、トルセール→応援する、フーア→街路、 ラテン系の単語は何となく色気があって素敵ですよねぇ~☆彡
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる