側妃候補は精霊つきオメガ

番外編 ~悪夢の世界で…

１１７話 厩舎の前で ジュピアside

　町の巡回役の騎士とジュピアは2人で騎士団本部へ無事に到着しホッ…　と一息つき微笑む。


「急いで手配して来ますから、奥方様はこちらでしばらくお待ちください」
　ニエブラ人の護送をフィエブレに知られないよう、騎士は秘密裏に手配した後、ジュピアをエンペサル侯爵邸まで護衛してくれる予定である。


　娼館を出る時、エレヒルが騎士に絶対ジュピアを一人で返すなと、厳命したのだ。

＜馬にも一人で乗れるし、別に護衛など要らないのに…　旦那様は過保護だなぁ？＞　

　上位貴族の侯爵夫人は、普通は単独行動はしないという一般常識が、衝撃的な出来事を体験したせいで、ジュピアの頭から抜けていた。


「はい、僕の方は気にせず、どうかそちらも油断なくお願いします」
　これから大忙しになりそうな騎士に、ジュピアは頑張って下さいねと、微笑みかけた。

「最悪の結果になってしまったのは残念ですが、奥方様のおかげで、やっとあの娼館を調査することが出来ました…　感謝しております」
　ジュピアに礼を言うと、騎士は丁寧に頭を下げて、騎士の詰所へと走ってゆく。



　騎士を見送った後…
　ジュピアは強張った太ももや腕の筋肉を解すように撫でた。

「1人で馬に乗るのは久しぶりだったから、知らず知らずのうちに身体が緊張していたみたいだ…　明日は筋肉痛になるかもしれないなぁ」

　父親が健在だった頃は、ジュピアにも愛馬がいて、貴族のたしなみで乗馬を毎日のように楽しんでいた。

　娼館に自分も行くとエレヒルに頼み込んだ際…
　侯爵邸から騎士団本部へ来た時のように、エレヒルの馬に2人で乗るのではあまりにも自分は足手まといだと感じた。

　そこで、騎士団の厩舎からジュピアはエンペサル侯爵家が所有する馬を借りることにしたのだ。

「今日は、僕を乗せてくれてありがとう！　また後でお願いするから、もう少しだけよろしくね！」
　馬を厩舎前に繋ぐと…
　自分を一日乗せてくれた、大らかなオスの去勢馬に礼を言う。

　美しい赤褐色のたてがみが映える馬の首を、トンッ…　トンッ…　と叩いて労をねぎらっていると…
　ジュピアの耳に、誰かの叫び声が飛び込んで来る。


「逃げろ―――っ！！　逃げるんだ―――っ！！」

「え？！」
　慌てて叫び声がした方に振り向くと…
　全身血まみれのフィエブレが、剣を片手にジュピアに近づいて来ていた。

「・・・っ！！」
　ハッ…　と息を吞み、ジュピアはフィエブレの姿に言葉を失う。

　ギラギラと野蛮に光る獣のようなフィエブレの瞳と目が合うと、ジュピアは獰猛どうもうな肉食獣に狙われた小動物のように、恐怖で身体が動かなくなった。

　ジュピアが怯え切って動けなくなっていることに気づき、フィエブレは　　クッ…　クッ…　クッ…　と笑う。

「これは、これは、エンペサル侯爵夫人ではありませんか！」
　


　フィエブレが持つ剣の切っ先から、ポタッ…　ポタとッ…　と赤い血がしたたり落ちているのが、妙に目立つ。


「・・・・・・」
＜エレヒル様！！　エレヒル様！！　ごめんなさい…　僕は、ここで…＞