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番外編 ~悪夢の世界で…
104話 帳簿 エレヒルside
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お茶を飲み終えたエレヒルは…
一生に一度の初夜だと決めたこの夜を、新妻ジュピアと共にしっかり漫喫しようと、無粋な帳簿の確認は翌朝に回すことにした。
「あ… あの! 先程は後で構って欲しいと我がままを言いましたが… 旦那様のお仕事の邪魔になるなら、僕は明日でも良いのです!」
パタンッ… パタンッ… と分厚い帳簿を閉じるエレヒルに、ジュピアは申し訳なさそうに口を開いた。
「はははははっ… いや! 単に私がこれ以上、この気の滅入る仕事をしたくないだけなのさ」
閉じた帳簿の擦り切れた表紙を指先でトンッ… トンッ… と叩きながら、エレヒルはジュピアに笑った。
<カナルが1人でこの帳簿を相手に、夫の助けも無く… 毎日懸命に奮闘していたのかと思うと、本当に切なくなる! 私が早く気付いてやれば良かったのにと、繰り返し悔んでしまう… だが、よくよく考えると、結婚したカナルが自分の夫について不満を口に出すわけが無いのだ!>
カナルがフィエブレを愛していたという気持ちの問題もあるが、それ以上に良妻ならば嫁ぎ先の悪口は言わないものだ。
自分自身もその嫁ぎ先の家族に加わったと覚悟を決めているからである。
<フィエブレの愚か者が、カナルがどれほど良い妻で愛情深いオメガなのかを、気付いていれば、こんな最悪の結果にはならなかったのに… 何故分からないのだ、フィエブレ?!>
「…あっ! これはもしかして、騎士団の帳簿ですか? カナル様が熱心に見ていらした記憶があります」
エレヒルの向かい側に立ち、執務机のうえの帳簿を見て、ジュピアはそのうちの一冊を手に取る。
「・・・?!」
故意か? 偶然か? ジュピアは騎士団長の裁量で、自由に使える資金の帳簿を選んで開いたのだ。
カナルが残した、フィエブレの横領の疑いが詰まった一冊である。
「ジュピア… それが何の帳簿か知っているのか?」
「え? はい… その… これはフィエブレ様が動かした騎士団の資金の記録だとカナル様に聞きましたが…」
そこでジュピアは顔を曇らせる。
「どうしたのだ? 何か気になることでもあるのか?!」
エレヒルはカナルが残したメモ書きについてジュピアが何か知っているのかと、問い質した。
「あの… カナル様が… その… 何に使ったか分からないお金があると… 従者のイロ様にたずねていました… フィエブレ様にカナル様がたずねたとき、激しくお怒りになられて、それで…」
「何に使ったのか、カナルは知っていたのか?」
「いえ… その、さすがに従者のイロ様も口が重くなられて…」
「どうしてだ?」
「イロ様はおそらくフィエブレ様の愛人に使われているのではないかと…」
「・・っ?!」
エレヒルは息を吞み、拳をギュッ… と握り灰色の瞳を閉じた。
怒りが爆発して、ジュピアの前で怒鳴り散らしてしまいそうだったからだ。
「あ、あの!! 本当にそうかは分からないのです! イロ様も本当に分からないと、おっしゃっていたので… でも、その… 僕は一度だけ…フィエブレ様のお使いで、届け物を… それで訪ねた先で… オメガの女性が…」
エレヒルの怒気を感じ、ジュピアは慌ててエレヒルの側へ行き、なだめようと腕を撫でた。
「ジュピアは… フィエブレの愛人に会ったことがあるのか?!」
エレヒルはカッ… と眼を開き、ジュピアの細い肩をギュッ… と掴む。
「…あ、あの女性が、本当にフィエブレ様の愛人なら… そうなります」
怯えた目をして、ジュピアはエレヒルを見上げる。
「明日、その愛人の場所へ案内できるか?」
「は… はい…」
ジュピアの肩を掴むエレヒルの手が、密かに震えていた。
一生に一度の初夜だと決めたこの夜を、新妻ジュピアと共にしっかり漫喫しようと、無粋な帳簿の確認は翌朝に回すことにした。
「あ… あの! 先程は後で構って欲しいと我がままを言いましたが… 旦那様のお仕事の邪魔になるなら、僕は明日でも良いのです!」
パタンッ… パタンッ… と分厚い帳簿を閉じるエレヒルに、ジュピアは申し訳なさそうに口を開いた。
「はははははっ… いや! 単に私がこれ以上、この気の滅入る仕事をしたくないだけなのさ」
閉じた帳簿の擦り切れた表紙を指先でトンッ… トンッ… と叩きながら、エレヒルはジュピアに笑った。
<カナルが1人でこの帳簿を相手に、夫の助けも無く… 毎日懸命に奮闘していたのかと思うと、本当に切なくなる! 私が早く気付いてやれば良かったのにと、繰り返し悔んでしまう… だが、よくよく考えると、結婚したカナルが自分の夫について不満を口に出すわけが無いのだ!>
カナルがフィエブレを愛していたという気持ちの問題もあるが、それ以上に良妻ならば嫁ぎ先の悪口は言わないものだ。
自分自身もその嫁ぎ先の家族に加わったと覚悟を決めているからである。
<フィエブレの愚か者が、カナルがどれほど良い妻で愛情深いオメガなのかを、気付いていれば、こんな最悪の結果にはならなかったのに… 何故分からないのだ、フィエブレ?!>
「…あっ! これはもしかして、騎士団の帳簿ですか? カナル様が熱心に見ていらした記憶があります」
エレヒルの向かい側に立ち、執務机のうえの帳簿を見て、ジュピアはそのうちの一冊を手に取る。
「・・・?!」
故意か? 偶然か? ジュピアは騎士団長の裁量で、自由に使える資金の帳簿を選んで開いたのだ。
カナルが残した、フィエブレの横領の疑いが詰まった一冊である。
「ジュピア… それが何の帳簿か知っているのか?」
「え? はい… その… これはフィエブレ様が動かした騎士団の資金の記録だとカナル様に聞きましたが…」
そこでジュピアは顔を曇らせる。
「どうしたのだ? 何か気になることでもあるのか?!」
エレヒルはカナルが残したメモ書きについてジュピアが何か知っているのかと、問い質した。
「あの… カナル様が… その… 何に使ったか分からないお金があると… 従者のイロ様にたずねていました… フィエブレ様にカナル様がたずねたとき、激しくお怒りになられて、それで…」
「何に使ったのか、カナルは知っていたのか?」
「いえ… その、さすがに従者のイロ様も口が重くなられて…」
「どうしてだ?」
「イロ様はおそらくフィエブレ様の愛人に使われているのではないかと…」
「・・っ?!」
エレヒルは息を吞み、拳をギュッ… と握り灰色の瞳を閉じた。
怒りが爆発して、ジュピアの前で怒鳴り散らしてしまいそうだったからだ。
「あ、あの!! 本当にそうかは分からないのです! イロ様も本当に分からないと、おっしゃっていたので… でも、その… 僕は一度だけ…フィエブレ様のお使いで、届け物を… それで訪ねた先で… オメガの女性が…」
エレヒルの怒気を感じ、ジュピアは慌ててエレヒルの側へ行き、なだめようと腕を撫でた。
「ジュピアは… フィエブレの愛人に会ったことがあるのか?!」
エレヒルはカッ… と眼を開き、ジュピアの細い肩をギュッ… と掴む。
「…あ、あの女性が、本当にフィエブレ様の愛人なら… そうなります」
怯えた目をして、ジュピアはエレヒルを見上げる。
「明日、その愛人の場所へ案内できるか?」
「は… はい…」
ジュピアの肩を掴むエレヒルの手が、密かに震えていた。
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