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44話 エストレジャの小瓶
しおりを挟むそわそわとしながら大急ぎで公務を終わらせたボルカンが、カナルをエスコートしようと、後宮まで迎えに来た時…
「・・・・・・」
むっつりと押し黙ったカナルが、ドレスアップした美しい姿のまま、なぜかうつ伏せでソファに転がっていて…
思わずぽか~んと口を開けて見てしまうボルカン。
「カナル? いったい… 何があったのだ?」
転がったカナルの隣りに腰を下ろし、ボルカンは髪を撫でようと手を出すが… 美しく整えられた髪に触れるのを一瞬だけ躊躇し、そっと撫でた。
「カナル?」
「少しだけ… 恥ずかしい経験をしたので… 僕は落ち込んでいるのです」
「落ち込んでいる? "すねている"の間違いではないのか?」
うつ伏せのままで話すカナルの顔が見たくて…
ボルカンはころりっ… とカナルを仰向けに転がし、手を引っ張って起こすと、自分の膝の上にひょいっ… と乗せた。
「それで、何をそんなにすねているのだ?」
細い腰をグイッ… と引き寄せて、ボルカンはジッ… とカナルの顔を見る。
「ですから、僕は落ち込んでいるのです」
頬を薄っすらと赤くして、カナルはふいっ… とボルカンから視線を逸らす。
子どもっぽいカナルのすね方には、何とも言えない可愛らしさがあり、ボルカンは顔をほころばせた。
「なぜ落ち込んでいるのだ?」
「兄上の将来を憂いているのです… もしかすると結婚出来ないかもしれないので…」
「…エレヒルがか?」
「はい、いつも兄上があのようなことをしていたら、誰も相手にされなくなりそうだと思うのです」
「エレヒルがあのようなこと? …カナル? さっきは、お前が恥ずかしい経験をしたからと、言っていなかったか?」
「ですから… 兄のまねをしたら、大失敗だと気づいて、とても… とても… 恥ずかしい思いをしたのです」
結局のところ、カナルの色仕掛けは、あっさりと正妃に流され、無視されてしまったのだ。
だが…
パチンッ… と小気味よい音を立てて、正妃は唇を隠していた象牙細工の施された豪華な扇子を閉じると…
『良いでしょう、私への挨拶が遅れたことは今回だけは、特別に許してあげるわ! その代わり、このエストレジャの原液だけど、もっと手に入らないかしら?』
優雅に小瓶を振りながら、正妃は瞳を猛禽の鷹のようにギラギラと光らせて、カナルにたずねた。
『ええっとぉ… なにぶん… エストレジャの花は、我がエンペサル侯爵領内でしか栽培できない貴重な花ですから、収穫量がとても少なく… ですが、正妃様がお望みでしたら、お渡しした小瓶と同じものを、特別に年に一本だけ、ご用意出来ると思います…』
10歳は若返ると言われる、美容成分がたっぷり入ったエストレジャの花から抽出した原液に、気を良くした正妃は、すんなりカナルを受け入れたのだ。
ブハッ!!
話を聞いたボルカンが吹き出した。
「陛下… 笑いましたね? ひどい!」
ジロリとカナルが睨むとボルカンは…
「クックックックッ… いや、これは笑う…だ…っ 痛っ…!」
「・・・・・・」
さらに落ち込んだカナルは、ボルカンの太腿をつねった。
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