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10話 苦痛の正体
しおりを挟む新鮮な外の空気が吸いたくて、カナルは使用人と話をするエレヒルの姿を見つけ、その場を離れることを伝えると…
神殿の裏庭に出て、備え付けてあった長いすに腰を下ろした。
<…さっきの、エリダの経験したことが見えたのは、"夜の精霊"の加護による奇跡の力の一つなのかも知れない! 誰かに触れる時はもっと慎重にしないと… 見たくないものまで見るのは、すごく辛いから…>
「本当にあんなの… 見たくなかったよ… でも見なければ、分からなかった!」
身籠っていた頃の癖で、カナルは無意識のうちに自分の平らなお腹に手を添えた。
「僕がバカなんだよぉ… 本当にバカだったから…」
ついに耐えられなくなり、ぽろぽろと涙がこぼれ、慌てて指先で拭う。
<僕は何が何でも、フィエブレとの結婚を拒絶するべきだった… 兄上も無理に結婚しなくても良いと言ってくれたのだから、だけど僕はフィエブレを愛していたから結婚を受け入れた… それに愛するエリダを失った痛みを、僕が一番理解できると思っていたから!>
当時は分からなかったことが、フィエブレと少し距離を置くことで、カナルにも見えて来た事実がいくつもある。
亡くなったカナルの父、先代エンペサル侯爵とセグロ家との取り決めも、新たに知った事実の一つだった。
<僕はフィエブレとの結婚を、するか? しないか? 兄上は選ばせてくれた… でも、エリダを失った後のフィエブレは選べなかった… 結婚すると決まった時、僕のことが本当に嫌なら彼は断るはずだと思っていたけれど…>
代々仕える主家との婚姻を、実家セグロ家側は先代侯爵との取り決めを律義に守り、フィエブレ個人に断る選択肢を与えなかったのだ。
<僕が結婚を断らなかったから… フィエブレ個人の気持ちは無視され、嫌々僕と結婚するしかなかった…
死んでしまった最愛の恋人エリダとの誓いを破り、僕と結婚するのはフィエブレにとって、家のためとはいえ、どれだけ苦痛だっただろうか?>
すうっ… と、身体の芯が冷え、カナルは凍えそうになり、自分を抱き締めるように身体に腕を回す。
「僕の顔を見るのも嫌になるほど… フィエブレは罪の意識に悩み、苦しんでいたに違いない… 僕は彼の悲しみに寄り添う気でいたけれど… 妻としてではなく、友人として寄り添うべきだった!」
自分の愛情に振り回されずに、正しい判断をしていれば、カナルはお腹の中で我が子を死なせることも無かった。
起きるはずの無い悲劇で悲しみ悔むのは、愚かなことだとカナルも頭では分かってはいるが…
実際にカナル自身が体験した苦痛が、心の隅々に残っていて、焼けるような胸の痛みを無視できないのだ。
「うっ… っ… んっ… んんうっ…」
<ごめん… なさい… 二度とあんな間違いは犯さないから!!>
ギリギリまで追いつめられていたからとはいえ、カナルは亡くした我が子の弔いも済ませないまま、精霊に命を捧げて時間を巻き戻してしまった。
今さらだが、自分の我がままと薄情さを恥じ、最悪の未来で死んでしまった我が子にカナルは何度も謝った。
口を押さえ嗚咽を殺してカナルは涙を流す…
どれだけカナルが努力し行動しても、絶対に幸せには出来ない、最も不幸な子のために。
3
今回の名前はスペイン語にお世話になりました。カナル→運河、国王ボルカン→火山、姉エリダ→傷、元夫フィエブレ→熱、兄エレヒル→選ぶ、ルイナス公爵→遺跡、宰相パラグアス→傘、正妃ディアレア→下痢、補佐官ベンタナ→窓、叔父インセンディオ→火事、 ○ ○ やっぱり外国語の響きは面白いですね( ´∀` )
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