臆病オメガ、唇奪われ愛を知る

39話 広い背中。

「エイジさん！　下ろして、分かったから！　自分で歩いて行くから下ろしてよ！！」

　バンッ…　バンッ…　と広い背中を叩きながら、マキは暴れるが…


「ダメ！」

　頑としてマキを降ろそうとせず、相模は獲物を捕らえた肉食獣のように…
　悠然と…　ドコか自慢げに、美しい妻を肩に担いで歩く。


「お願い！　ねぇエイジさん、僕が悪かったから～っ！」

　すれ違う社員たちがギョッと固まり、異様なモノを見るようにジロジロと見つめられ、マキは全身が真っ赤に染まりカァッ…　と熱くなる。


「ダメ！！」

「エイジさんたらっ…！！」

　マキの叫び声に驚き、前を通った営業部のオフィスから、何事だ？　と社員たちが顔を出した。

＜こんなお仕置きされるなんて！！　予想外だよ～っ！！　うううっ…＞
　夫の肩の上で、僕はタダの荷物だと、マキは自分に言い聞かせ、羞恥で涙が滲む顔をそっと掌で隠した。


「…杉山君？！！」

　誰かが息を呑み、マキを旧姓呼ぶ。
　自分の名前を呼んだ声に覚えがあり、ウッカリ顔を隠していた掌をマキは外してしまった。


「吉…　吉田さん…っ！！」
　マキは、ピクッ…　ピクッ…　と自分の顔が引きつるのが分かった。

　心配そうに声を掛けて来た営業部の吉田さんは、結婚する前、マキを何度も食事に誘おうとしていたアルファだ。


「ど…　どうしたの？！　何があったの？　大丈夫？！」
　
　慌てて駆け寄る吉田。


「はい」

　全然、マキは大丈夫では無いが、一応…　はい、と答えた。

　ピタリと相模は足を止め、クルリッ…　と向きを変え、営業部の吉田と対面する。


「うううっ…　恥かしいよぉ…」
　相模の急な方向転換により、マキは吉田にお尻を向けるコトになり、小さなうめき声を上げて、再び顔を隠す。


「コ…　コレは…　あの？」
　担がれたマキの方が気になり、誰が担いでいたかまで、気が回らなかった吉田は、振り向いた顔を見て…
　自分の会社のトップだと分かり、ポカーン…　と口を開けた。


「やぁ吉田君、私の妻と結婚前は仲良くしてくれたそうだね、礼を言うよ」

　相模は肉食獣の、王様のように吉田を見下ろし鷹揚に微笑み威圧した。
（吉田のが10cm背が低い）


「結婚…　されたのですか？！　杉山君と？！」

　息苦しい程のプレッシャーを掛けられ、アルファの吉田は１歩下がった。


「マキが大学生の頃から、私とは結婚を視野に入れて、ずっと…　付き合っていたんだよ」

　肩に担いだ妻の丸みがある小さな尻を、相模は結婚指輪を嵌めた左手でスルリと撫で下ろし…
　今度はスルリと撫で上げた。
　下にスルリ…　上にスルリ…　と２度、３度、繰り返し人前で、妻の尻を撫でる相模。


「そ…　そ…　そう…ですか…」

　キラリと光る指輪を嵌めた相模の大きな手に同調するように…
　吉田の視線も、上に下にとマキの尻を撫でる手を見る。
　

「そう言えば、吉田君は最近婚約破棄をしたそうだね？」

　相模の顔に蔑みの表情が浮かんだ。


「は…はい」

「浮気はイケナイヨ？　ソレも３人同時だって？」

　害虫を叩き潰すように、相模は視線に殺気を乗せた。


「――――――っ！！！！！」
　言葉を失い、吉田は蒼白になり…
　ヒュッ…　と吉田の肺から、空気が抜けるような音を、マキは聞いた気がした。

　そして夫の放つ、プレッシャーからは、私の妻に近づいたら、次は無いぞ？　と、マキは見事な威嚇を感じた。


「失礼、私は妻と話があるので」

　再び相模はクルリッ…　と向きを変え、エレベーターホールへと歩く。


　掌の隙間からマキはコッソリ吉田を見た。

＜３人同時に浮気？！　知らなかった、吉田さんがそんな人だったなんて…＞
　
　夫の威嚇に耐えられず、吉田は廊下に膝をつき、うずくまっていた。


＜僕は運が良い…　エイジさんが番で本当に良かった！　この人をもっと大切にしないと！！　愛人を作る余裕が無くなるぐらい、いっぱい愛して大切にするからね、エイジさん！！＞



　広い背中を叩くのは止めて、マキは愛おしげに撫でた。