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100話 選択
しおりを挟むディグニダド伯爵邸の一階の南側にある、日当たりの良い祖父の部屋へ、アルセは2人分の薬湯を持ってゆく。
「お祖父様、薬湯を飲む時間ですよ!」
明るい窓際の寝椅子に座り、眼鏡をかけて読書をする祖父に、アルセは声をかけた。
「ああ、アルセ… もうそんな時間になるか?」
熱心に読んでいた本から顔をあげて、祖父はアルセの顔を見ると… 本にしおりをはさんでパタンッ… と閉じる。
「はい」
カウチのわきに置かれたティーテーブルの上に、ティーカップをおき、アルセは自分用の椅子に腰をおろす。
流産をしかけた状態で、王都からディグニダド伯爵邸へたどり着いたときに、近隣の医師の診察を受けた。
その医師に…
『先代ご当主様と一緒に、血のめぐりを良くする作用がある薬湯を、一緒に飲まれると良いですよ… 薬と違って、お腹のお子様に悪い影響が出るものでは、ありませんからね』
と助言をもらったのだ。
「どうだ、アルセ… 身体の調子は?」
「ふふふ… 僕もお腹の子も元気ですよ! お祖父様こそ足の調子はどうですか?」
「まずまずだな! 今日は痛まない」
祖父は昔、落馬して両足を骨折したせいで… 自力で歩けなくなってしまった。
そのため、アルセの母カンナスが父に求婚された時… 足が不自由な祖父が参列できるようにと、ディグニダド伯爵邸近くの神殿で、婚姻の儀をおこなうことを、求婚を受け入れる条件にしたらしい。
だから祖父は、毎日アルセの顔を見るたびに……
「アルセ、お前の“番”はまだむかえに来ないのか?! 早く来ないと、私の寿命のほうが、先につきてしまいそうだわい!」
「ふふふ… それはちょっと、難しいかなぁ……?」
フゥー… フゥー… と薬湯をさましながら、アルセは少し苦めだが、良い香りのする薬湯を飲む。
「何をグズグズしておるんだ、まったく……! 子供が産まれる前に、婚姻の儀を私に見せなければ、許さないからな?!」
祖父も文句を言いながら、ズズズッ… と音をたてて熱い薬湯を飲んだ。
「・・・・・・」
お祖父様は頭がボケているわけではない。
むしろ冴えているぐらいで… 時々、僕のほうがドキッ… とすることを言われる。
特にエスパーダ様のことは… 産まれた子供を隠すことに、お祖父様は反対しているから… 毎回僕を説得しようとするから困るんだ。
でも、僕と子供のことを思って、お祖父様は言ってくれるのだから、嫌な顔はできないしね……
「なぁ… アルセ、子供に決めさせるんだ! 父親を最初から奪ってはダメだ! 呪いを受けるかどうかも、子供に選ばせるんだ……」
「うん……」
「お前の“番”もグラーシアから逃げ出さずに、自分で決めて呪いを受け入れたはずだ!」
「はい……」
言われてみれば、そうなんだよね? エスパーダ様は自分の子どもを作らずに、自分の代でティエーラの竜と縁を切ろうとしているけれど… エスパーダ様は亡くなったお父様から、グラーシア城でティエーラの竜を受け入れた。
毎日、この祖父と話をするうちに… アルセの決心が少しずつ揺らぎ始めていた。
「うううっ…?!」
お腹の内側から、いきなり子供にボコッ…! と蹴られて… 思わずアルセは、うめき声をあげる。
アルセがお腹をなでると… ボコッ…! ボコッ…! と続けて中から蹴られた。
「痛っ…! ううっ… 暴れない! 暴れない!」
「そら、みろ! お前の子どもも、勝手に自分のことを決めるなと、もんくを言っておるわい! ふふふ… 早く“番”を呼べアルセ!」
祖父が笑いながら、ズズズッ…と薬湯を飲む。
アルセのお腹の内側から、またボコッ…! ボコッ…! と子供が元気よく蹴る。
「うううっ……!」
何か… 本当に、子供にもんくを言われてる気がする……?
ガチャッ…! と祖父の部屋の扉が開く音が聞こえ、アルセが振りむくと、従姉のマンサナがあわてて入ってきた。
「アルセ!! 来た! 来ちゃったよ?!」
「…何が?!」
「アルセの“エスパーダ様”!!!」
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