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 ディグニダド伯爵邸の一階の南側にある、日当たりの良い祖父の部屋へ、アルセは2人分の薬湯やくとうを持ってゆく。

「お祖父様じいさま薬湯やくとうを飲む時間ですよ!」
 明るい窓際の寝椅子カウチソファーに座り、眼鏡めがねをかけて読書をする祖父に、アルセは声をかけた。

「ああ、アルセ… もうそんな時間になるか?」
 熱心に読んでいた本から顔をあげて、祖父はアルセの顔を見ると… 本にしおりをはさんでパタンッ… と閉じる。

「はい」
 カウチのわきに置かれたティーテーブルの上に、ティーカップをおき、アルセは自分用の椅子に腰をおろす。
 
 流産をしかけた状態で、王都からディグニダド伯爵邸へたどり着いたときに、近隣の医師の診察を受けた。
 その医師に…
『先代ご当主様と一緒に、血のめぐりを良くする作用がある薬湯を、一緒に飲まれると良いですよ… 薬と違って、お腹のお子様に悪い影響が出るものでは、ありませんからね』 
と助言をもらったのだ。

「どうだ、アルセ… 身体の調子は?」

「ふふふ… 僕もお腹の子も元気ですよ! お祖父様こそ足の調子はどうですか?」

「まずまずだな! 今日は痛まない」
 祖父は昔、落馬して両足を骨折したせいで… 自力で歩けなくなってしまった。

 そのため、アルセの母カンナスが父に求婚きゅうこんされた時… 足が不自由な祖父が参列できるようにと、ディグニダド伯爵邸近くの神殿で、婚姻こんいんをおこなうことを、求婚きゅうこんを受け入れる条件にしたらしい。

 だから祖父は、毎日アルセの顔を見るたびに……

「アルセ、お前の“つがい”はまだむかえに来ないのか?! 早く来ないと、私の寿命のほうが、先につきてしまいそうだわい!」 

「ふふふ… それはちょっと、難しいかなぁ……?」
 フゥー… フゥー… と薬湯をさましながら、アルセは少し苦めだが、良い香りのする薬湯を飲む。 

「何をグズグズしておるんだ、まったく……! 子供が産まれる前に、婚姻こんいんを私に見せなければ、許さないからな?!」
 祖父も文句を言いながら、ズズズッ… と音をたてて熱い薬湯を飲んだ。

「・・・・・・」
 お祖父様は頭がボケているわけではない。
 むしろえているぐらいで… 時々、僕のほうがドキッ… とすることを言われる。
 特にエスパーダ様のことは… 産まれた子供を隠すことに、お祖父様は反対しているから… 毎回僕を説得しようとするから困るんだ。
 でも、僕と子供のことを思って、お祖父様は言ってくれるのだから、嫌な顔はできないしね……

「なぁ… アルセ、子供に決めさせるんだ! 父親を最初から奪ってはダメだ! のろいを受けるかどうかも、子供に選ばせるんだ……」

「うん……」

「お前の“つがい”もグラーシアから逃げ出さずに、自分で決めて呪いを受け入れたはずだ!」

「はい……」
 言われてみれば、そうなんだよね? エスパーダ様は自分の子どもを作らずに、自分の代でティエーラの竜と縁を切ろうとしているけれど… エスパーダ様は亡くなったお父様から、グラーシア城でティエーラの竜を受け入れた。

 毎日、この祖父と話をするうちに… アルセの決心が少しずつらぎ始めていた。


「うううっ…?!」
 お腹の内側から、いきなり子供にボコッ…! とられて… 思わずアルセは、うめき声をあげる。

 アルセがお腹をなでると… ボコッ…! ボコッ…! と続けて中からられた。

「痛っ…! ううっ… あばれない! 暴れない!」

「そら、みろ! お前の子どもも、勝手に自分のことを決めるなと、もんくを言っておるわい! ふふふ… 早く“つがい”を呼べアルセ!」
 祖父が笑いながら、ズズズッ…と薬湯を飲む。

 アルセのお腹の内側から、またボコッ…! ボコッ…! と子供が元気よくる。
「うううっ……!」
 何か… 本当に、子供にもんくを言われてる気がする……?



 ガチャッ…! と祖父の部屋の扉が開く音が聞こえ、アルセが振りむくと、従姉のマンサナがあわてて入ってきた。

「アルセ!! 来た! 来ちゃったよ?!」

「…何が?!」

「アルセの“エスパーダ様”!!!」




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