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82話 脱出
しおりを挟む気を失ったフリをしたアルセは、馬車からおろされ、2人の男たちにどこかへ運ばれる。
男たちが動くたびに、カチッ… カチッ… と金属音がするのは、恐らく腰にさした剣が鳴る音だ。
「・・・っ」
だめだ!この2人は騎士だ?! 腕をしばられた状態で、暴れて逃げ出してもすぐに捕まってしまう… 1人になるのを待たなければ!
うすく目を開くと屋敷の上の階へとあがり、一番奥の部屋へと運ばれ、ドサリッ… とベッドに転がされた。
「まだ、目を覚まさないな?」
「ああ、そのようだな… このまま置いておこう」
2人の騎士はアルセを置いて、さっさと部屋を出て行った。
パタンッ… と扉が閉まって、廊下側からガチャッ… と鍵がかけられる。
人の気配が消えるとアルセは目をあけ、自分のまわりをキョロキョロと見まわす。
一番最初に窓が見え…
「よし、あそこから逃げ出そう! …だけど、その前にしばられた両手を何とかしないと?!」
背中で両手の手首をしばられたまま、ベッドの上でゴソゴソと身体を動かして身体を起こし、ベッドから転げ落ちないように慎重におりると、部屋中をもう一度見まわした。
意外なことに、標準的な貴族の屋敷の寝室に見える。
さすがに剣やナイフのたぐいは置いていないが… 暖炉の上に、異国で作られた色鮮やかな皿がかざってあった。
「ナイフが無ければ作るしかない!」
アルセはおでこを使い、壁に掛けられた皿を落とす。
ちょうど、暖炉まわりの石床に落ちて、パンッ…! と音を立てて皿が割れ、思わずアルセはニヤリと笑う。
慎重に割れた皿のわきに膝をついて座り、背中がわでしばられたままの手で皿の破片をひろった。
チクリッ… と指先に痛みを感じたが、かまわずアルセは破片をゴシゴシと縄にこすりつける。
自分の目で縄が切れているのかが、確認できないため… 時々手首を左右に開くように力を加えると…
「…っ?!」
少し縄が、ゆるくなったように感じる…? よしっ! このまま続けよう!
焦るアルセの感覚では、時間はあっという間に過ぎてしまったが… 実際には2時間近くかかり、ようやく縄が切れた。
自由になったが、痺れて震える手を振ったり、もんだりしながら、アルセは扉に近づき開くか確認すると… やはり鍵がかかっていて、開かない。
「やっぱり窓しかないか!」
手が痺れているから、出来ればやりたくないけど… そんな我がまま言ってられないしね!
窓を開けて、首をグルリと回して窓の周囲を見ると、下におりるのは難しそうだが… 隣の部屋には移動できそうだった。
扉に鍵がかかっていなければ、隣室から廊下へ出ることが出来るかもしれない。
「それで、ダメだとしても… 時間稼ぎは出来るかもしれないし?!」
僕がグラーシア公爵邸に帰らなければ… エスパーダ様なら、すぐに僕が誘拐されたことに気付くはずだ!
だから、きっと助けに来てくれる! エスパーダ様なら絶対に、僕を助けに来てくれる!!
一度、大きく深呼吸をしてから覚悟を決めて… アルセは窓枠によじのぼり部屋の外に出る。
「ふふふっ… まったく、最近の僕はどうかしているよ?!」
こんなことを、2度もやることになるとは、思わなかったけれど…
従弟のムゲーテみたいに、華奢な身体でなくて良かったよ! お母様、長い手足を僕にくれてありがとうございます!
知らない屋敷の外壁にしがみつき、唇は緊張で強張っていたが、アルセは自分がやっていることが、急におかしくなり… 笑ってしまった。
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