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73話 王弟殿下
しおりを挟む学園からの吉報を受け取り、卒業試験を一週間後にひかえ、アルセが猛勉強を始めたところ… グラーシア公爵邸に、高貴な客人がおとずれた。
応接室のソファセットで、客人の向かいがわにアルセはエスパーダとならんで座り… 客人と対面した。
「王弟殿下、学園への口添え… ありがとうございました!」
クルシジョ子爵家の爵位や物、お金に領地… それに子爵邸も… オメガの僕では王国法のせいで、相続権が無くて受け取れず、全部、叔父様のものになってしまったけれど…
でも、お父様が生前、学園に学費を全額、払い込んでおいてくれたおかげで、学園の卒業資格だけは、お父様からオメガの僕でも受け取れる遺産となった!
…それさえも、卑劣な叔父様のせいで、奪われそうになり、あきらめていたけど… 殿下が学園を動かしてくれたおかげで、受け取ることができる!
「いや、私は当然のことをしただけだ! もっと早く知っていたなら、私はクルシジョ子爵を説得しただろう… 君が学園生活を、最後まで送れなかったことは、本当に残念だと思う」
「いいえ… じゅうぶんです、殿下! 本当にありがとうございます!」
なんて優しい人だろう? お父様が昔、話してくれた通りだ!
とても気さくで、優しい方だと……!
それにエスパーダ様も本当に優しい人!! お父様が亡くなって以来、ひどい人たちにばかり会って来たから、他人のことを信じられなくなっていたけれど…
嬉しいよよぉ!!
「学園長に聞いたけれど、君はとても成績が良く、学園でも優秀な生徒らしいしね…? 国境に面した難しいグラーシア領を、エスパーダととともに治めることとなる公爵夫人に、君ほどちょうど良い人はいないと思ったんだ! エスパーダも君を気に入っているようだし…? それに、この機会にグラーシア公爵に、恩を売っておいても、私に損はないからね」
王弟殿下は向かいがわの席から、パチンッ… と片目を閉じてアルセにウインクをした。
アルセの亡くなった父親と、同じ世代とは思えない可愛さが、王弟殿下にはある。
「殿下はグラーシア公爵領で育てている、良質な馬が欲しいのでしょう?」
ニヤリと笑い、エスパーダは王弟殿下を揶揄った。
エスパーダとの間に、10歳以上の年の差があるが、それでも王弟殿下の人柄のせいか、気軽に揶揄いあえるほど、2人は親しい関係のようだ。
「はははっ…! バレていたか?!」
王弟殿下はカラカラと、気持ちの良い笑い声をあげる。
「あっ! 殿下の護衛で僕の父がディグニダド伯爵家へ馬を見に行った時に、僕の父は母と出会ったと聞きました… 殿下が馬を好きでなければ、僕は生まれていなかったかもしれません!」
「ああ! 確かにそう言われてみれば、そうだったね?!」
「はい、殿下! 重ね重ねありがとうございます!」
「ふむ…! それなら、グラーシア公爵領の繁殖地で一番、良い馬を王弟殿下に献上しましょう!」
エスパーダは上機嫌で、王弟殿下に約束した。
「それはありがたい!」
両手をこすり合わせて、子供のように瞳を輝かせて笑う王弟殿下は、本当に馬が好きらしい。
「ふふふっ……」
そんな王弟殿下の姿を見ているうちに、アルセも紅玉色の瞳をキラキラとさせて笑った。
アルセの楽しそうな笑顔を見て、しみじみと王弟殿下は語った。
「そうしていると、本当に君の母上… カンナスに良く似ているね…」
瞳をやわらかく細め、王弟殿下は懐かしげに、微笑むアルセを見つめた。
「え?」
「ディグニダド伯爵家に馬を見に行った時、ちょうど君の母上、カンナスが厩舎の掃除をしていてね… その時、彼は馬糞やら泥でひどく汚れていたのだけど… 紅玉色の瞳を輝かせて馬たちに話しかける姿は… 高名な画家が描いた、一枚の絵のように美しかった」
「お母様が…」
そういえば、お母様も馬が好きで… よく自分で愛馬の馬房の掃除までしていたっけ?
じわりと涙がにじみ、目が熱くなったアルセはあわてて、指先で目のはしをこすり、涙をぬぐいとる。
「私だけでなく… 護衛でついて来ていた君の父親セドロと、それにもう1人… アコニト…… 今はコルティナ侯爵と呼んだ方が、君もわかるかな? 3人で見惚れたよ」
「・・・っ?!」
「・・・っ!!」
思わずハッ… とアルセと… その隣に座っていたエスパーダも… 2人そろって息をのんだ。
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