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64話 葬儀5

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「あら、エスパーダ! あの子… 妊娠しているみたいよ?」

  先代グラーシア公爵夫人の一言で、夫人の声が届いた範囲にいた人たちは、全員パッ…! とムゲーテのお腹に注目した。

「え?」
 ムゲーテが…?!
 
 アルセは眉をひそめ、ジッ… とムゲーテのお腹を見つめると… 確かに華奢きゃしゃな身体にしては、お腹だけがふっくらと丸くなっている気がした。

「・・・なっ!」
 アルセの視線を感じたムゲーテは、あわてて丸いお腹を、上着を引っ張ってかくす。

 動揺したムゲーテは、『妊娠しているみたいよ?』 …という、礼儀に反した先代公爵夫人の言葉を、すぐに否定も反論もしないで、お腹を隠し、黙り込んでしまったせいで… その光景を見ていた人たちは、先代公爵夫人の言葉が真実なのだと知る。

「あの大きさだと、アルセと婚約破棄した時には、身籠みごもっていたのではないかしら… 彼…?」
 先代グラーシア公爵夫人は服に合わせた、黒いレースの扇子せんすをパチンッ…! と気持ちの良い音を立てて閉じ、自分の意見を周囲の人たちに聞こえるように語った。

 ザワザワ… ヒソヒソ… と周囲の人たちが隣にいる人と話し出す。

「お… おっしゃっている意味がわかりません…!」
 参列者たちの視線から婚約者を守ろうと、リブレはムゲーテを背中に隠して反論するが、時すでに遅く… その場にいる人たちは、冷たい軽蔑けいべつ眼差まなざしで、2人の不誠実でみだらな関係が不快だと責めている。

 リブレの父マンディブラ伯爵は、ぼうぜんとして目を見開き、息子とその婚約者を凝視ぎょうしした。

「グ… グラーシア公爵夫人! そ… そのようはことはありません、ムゲーテはけして…! そのようなふしだらなことは… しておりません!」

「そうですよ… 失礼ですが、公爵夫人の見間違いと思われます」

 ムゲーテの母、クルシジョ子爵夫人と兄のマンダルが、あわてて反論した。

 クルシジョ子爵家の母と息子から反論され、先代公爵夫人はパタタッ… とふたたび黒いレースの扇子を広げて、口元を隠しニコリッ… と微笑む。

「まぁ… ご子息の妊娠は私の勘違かんちがいでしたか?! まぁ! ごめんなさい! このような不幸な時だからこそ、嬉しい驚きを見つけたことを、皆様にお伝えできればと思いましたの! まぁ…! まぁ…! 私ったら、早とちりをしてしまったのね?! いつもそれで息子にもしかられてしまいますのよ? ホホホホッ…」

 先代公爵夫人は、あっさり自分が間違っていたと謝罪して… クルシジョ子爵夫人と長男の反論を、見事にふうじ込めた。
 その後を引き継ぐように、今度はエスパーダが口を開く。

「そう言えば… マンディブラ伯爵家の令息が学園を卒業しだい、結婚すると… アルセから聞いたが…?」

「…?!」
 自分の名前が出てアルセはエスパーダを見あげると、2人の視線が合う。

 『そう言ったよな?』 …とエスパーダに金色の瞳でたずねられ、アルセは『はい、確かに言いました』 …とうなずいて答えた。
 エスパーダもアルセにうなずき、話を続ける。

「そちらにいるアルセの従弟は、確かアルセよりも1年年下だから… 学園生活も、1年残っているはずだが? おかしな話だな?! なぜ卒業するまで結婚を待たないのだ?!」

 先代公爵夫人が反論を封じると、すかさずエスパーダは確実に醜聞しゅうぶんとなるよう、傷をえぐるように追及した。
 散々、アルセを痛めつけた者たちと、同じ武器を使い、グラーシア公爵家の母子は、復讐ふくしゅうしようとしているのだ。

「そ… それは… あの… だから、早く結婚したくて…」

「だからなぜ、結婚を急ぐのだ?!」

「それは…」
 誰もが納得するような、まともな理由を答えられず、リブレは最後にはムゲーテと同じく黙り込む。


 クルシジョ子爵家はその後、喪中に入り… 夜会には一切出席しなくなったが、ムゲーテとリブレのふしだらな噂話は、社交界で一番の話題となる。


 
 その一方で、アルセの醜聞しゅうぶんはすべてムゲーテとリブレの嘘だったと、明るみに出て… アルセは同情を集めた。






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